"リアル・エクソシズム"『汚れなき祈り』


 カンヌで主演女優賞受賞!


 故郷ルーマニアを離れ、ドイツで働いていたアリーナだが、職を失い、共に孤児院で育った親友ヴォイキツァの暮らす修道院へとやってくる。かつて共に暮らす約束をした二人だが、ヴォイキツァは修道院の暮らしに馴染み、ここに残ろうとしていた。だが、信仰を持たないアリーナはなじむことが出来ず、次第に病んでいく……。


 二度ほど予告編を観たんですが、なかなか面白そうな題材ではあるものの、予告編内では何か起こっていそうであるものの実際には何も起こっていないように見える。これはランタイムも長いし、相当地味な内容なんではないか、と思いつつ観に行きました。まあ半分当たり、半分外れというところだったかな……。


 ちょっと昔の話かと思ったら、元が実話で、思いっ切り現代の話なんですな。ところが観ている間に、何か麻痺して来る……え〜っと、時代いつだっけ? 現代っつっても70年代くらい? いえいえ21世紀です! 山の上の修道院が舞台で、そこへ転げ込むアリーナは一応Tシャツやらジャージを持ってるものの、その親友ヴォイキツァ他、住んでる修道女はみんな私物を処分していて、黒い修道着を着っ放し。さらに、教会の神父のルックスが衝撃的! なんだ、そのヒゲは! とても現代人には見えない。
 なんせ電気も通ってないところで、薪を割って原始的生活を送っておる! 一応、通いで手伝いにきてくれる人なんかはいて、車で灯油なんか運んでくれるのだが、ほぼ外界から隔絶されていて、しかも北国ですからあっという間に雪が積もる!


 ドイツで働いてたものの首になって舞い戻ってきたアリーナ、その内実は深く語られないものの、短気な性格も災いして相当いやな目にあったらしく、昔なじみのヴォイキツァを頼ってきたのはいいが、最初っからもう依存気味。神父以外は女ばかりの修道院ということで、やや百合テイスト……といいたいとこだが、お耽美ムードは一切ないので、レズビアンぽくはあるものの、その一歩手前ぐらい。
 長回しを多用し、「本当にその場にあったこと」をひたすら切り取っていくような演出で、観ているこちらを楽しくさせたり妄想を喚起するような「煽り」が一切ないのだよね。これから起こる事の価値判断は、すべて観客に委ねられる。


 ヒゲもじゃの神父様だが、三十歳と、割とまだ歳が若いことが語られる(役者はもっと年食ってて、さすがに無理があるが……。でもアリーナ役の人も余裕で三十越えなのよね)。早くに修道院を持ったのはいいが、運営資金が足りなくて、教会として正式に認定されるための「聖画」がないことが序盤から示される。その事が実は相当コンプレックスで、あせっている事も同時にわかる。「神父様」としていかにも大人物然と振る舞おうとしているのだが、いまいち内面が付いていっておらず怒りっぽくて、修道女長さんにかなりの面で支えられている。もちろん教義はしっかり内面化されているのだが、逆に言うと寄って立つものがそれしかない。
 他の修道女たちの無個性っぷりもびっくりで、最後まで誰が誰なのか区別がつかない。つける必要もないのだろう。ここで求められるのは均質さなのだから……。
 そこに転がり込んできたアリーナの異質さが、この小さなコミュニティを揺るがせる。ヴォイキツァが過去の自分との約束を守ろうとせずこの教会で暮らそうとしていることが気に入らないのだが、その行動や言動が、いちいちこの教会、修道院の構造的問題を抉り、回りが誰も指摘しないから守られていた神父様のコンプレックスをつついてそのプライドと権威を揺さぶっていく。同じように価値観を揺るがされた修道女たちが神父を頼る事によって、神父はどんどん追いつめられていくのだ。
 神父も内心、「いやだなあ、自分の手には負えないなあ、どっかへ行って欲しいなあ」と思っているのだが、立場上言い出せない。神の教えは全てに平等、でなければならないし、たまたま修道院にも空きベッドが出来ている。アリーナを受け入れない理由は何もない。何とか里親のところに送り返そうと試みるも、そちらではもう新たな里子を迎え入れ済み。しかもアリーナと違っていい子っぽい。それ以前にいた孤児院にももう戻せないし、もはや教会が受け入れるしかない……!
 しようがねえ! やるしかねえ! しかしなぜか修道女たちが「あの子は悪魔だ〜!」と言い出してしまうのである。薪を割ったら黒い十字架が! すごい汚い言葉を吐いた! 声まで変わってる! ……んなわけないだろ……。神父様、多分ほんとは「違う、悪魔なんていない」と言いたいのだが、また立場上言えない! これがもし、四十、五十越えの神父さんだったらば、「あ〜わかったわかった。うん、怖いね」などといい加減なことを言って丸め込んだに違いないのだが、真面目な人なのだよね……。修道女達の依存を一身に集める神父、ついにアリーナに「機密」を授けること、悪魔払いにチャレンジすることに……。閉じ込めたら閉じ込めたで、また反抗して暴れて火までつけるアリーナ。お互いにどんどんエスカレート! もう縛り上げて無理矢理やるしかないぜ!


 ……どこかで立ち止まれなかったのかなあ、という話なんだが、まさに現代の魔女狩りの様相を呈した状況は、もはや止められなかった。友達としてアリーナ寄りの立場にいたヴォイキツァだけが事態の異常さを感じているのだが、積極的に止める材料までは持っていない。ただ、取り返しのつかないことになる怖れだけがヒシヒシと……。


 悪魔払い映画って基本嫌いで、『エクソシスト』も一向に怖いと思わなかったし、『エミリー・ローズ』なんかも馬鹿馬鹿しいなあとしか思っていなかったのだが、そういう自分的には、この映画のクライマックスはかなり好物であった。すげえ! こんなリアルな悪魔払いのシーンは初めて見たぜ!


 これだけ延々と書いても、まだかなり状況の描写などは端折っていて、それら全てが逃れられぬラストへとつながってくる。正直、流石に長く感じたし、もう少し刈り込んでも良かったろうと思うが、やりたかった事はわかるし成功していると言えるだろう。長回しを耐え切った主演女優二人の演技も見事で、先日の『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130313/1363170404)と似た、やるせない後味を残す佳品であった。