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アンディ・ウィアー『火星の人(下)』(ハヤカワ文庫)
アンディ・ウィアーの『火星の人』読了。いやあ、実に面白かった。
SFとして本作がどのように評価されているのかは知らないのだが、少なくともサバイバルを描いた冒険小説としてはダントツに面白いし、さらにはロジックを積み立てたり、プロフェッショナルの知識や経験を駆使することで問題解決に至るストーリーという点で、ミステリファンにも非常にアピールできる魅力を持った作品である。というかすべてのエンタメ小説好きにおすすめしたい大傑作であった。
▲アンディ・ウィアー『火星の人(下)』(ハヤカワ文庫)【amazon】
本作が素晴らしい理由はいくつもあるが、まずはやはりサバイバル小説として優れているところだ。火星にたった一人で残され、そこで生き残るドラマというのは確かにすごいが、それもしっかりした説得力あってこそ。もちろん現実に人類は火星に足を踏み入れているわけではないし、あくまで想像の部分も大きいのだろうが、そこを虚構と思わせない徹底したリアルさがある。
なんせサバイバルといっても火星である。食料や水はどうするか、といった基本的な心配だけではなく、空気はどうするか、排泄物はどうするかなど、無人島などでのサバイバルとはレベルが段違いだ。それを嘘っぽくならないよう、作者もさまざまな知識を総動員して生き残る術を主人公に挑戦させる。
なかなかのスーパーマンでなければクリアできないミッションだが、そもそも主人公は火星探索の一員として最低二つ以上の専門領域を持っており、サバイバルを克服できる設定も上手に組み込まれているのが、作者の周到なところだ。
「神は細部に宿る」という言葉があるけれど、まさしく本作にこそ相応しい言葉である。細かいところをいい加減にせず、理屈を通すことで面白さを生んでいくのである。たとえば冒頭、危機に見舞われた主人公が意識を取り戻し、とりあえず現状を把握しながら、論理的に生き延びられる条件と日数を割り出していくシーンが展開する。もうこの時点である種の感動に包まれる。これって本格ミステリにある名探偵の推理シーンと同じタイプの感動なのである。
また、サバイバルだけでなく、火星からの脱出もしくは救出作戦を合わせて描いたことも大きい。さすがに火星の様子だけではストーリーが膨らみようもないし、いずれはすべてが尽きて主人公が死ぬだけである。そこで主人公がどうやって火星から脱出するのか、救出されるのか。そのための準備や地球との連絡、地球の様子など、そういう側面もまたサバイバルの要素として加わることで面白さが倍増した。地球の関係者や主人公の同僚クルーたちのドラマがまた激アツなのである。
ただし、本書の解説にも指摘されていることだが、サバイバルや救出劇以外の余計な要素は極力排除され、徹底したサバイバルドラマに絞っている点は要注目。たとえば背後で政府のある陰謀が働いていたとか、その種のサスペンス要素は一切ない。
それが上手くいくこともあるのだろうが(実際、他の映画ではそういう要素が入っていることの方が多いらしい)、本作に関しては元々の素材がよかったこともあり、余計な味付けをしなかったことが成功につながっている。あざといサスペンスを作らなくとも、火星の状況、そして主人公の行動がさまざまな局面を招く。それだけで十分に一喜一憂できるのである。
主人公のキャラクターや叙述のスタイルも成功した要因の一つだろう。主人公のワトニーは極めてポジティブ思考であり、加えてユーモアを忘れない。絶体絶命の状況において、それが非常に有用であることはビジネス書を読むより遥かに本書の方がわかりやすい(笑)。
この主人公のキャラクターを表すために、日記という手法が使われており、小難しい説明も通りがよくなるというメリットもあるのだが、何より主人公のギャグがストレートに描かれるのがいい。ハードボイルドの例を持ち出すまでもなく、古より逆境における主人公の減らず口ほどかっこいいものはないのである。
本作は皆様ご存知のとおり、『オデッセイ』のタイトルで映画も公開されており、また作者の小説は『アルテミス』、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の二作がすでに刊行されている。こちらも早めに取り掛かりたいものだ。
SFとして本作がどのように評価されているのかは知らないのだが、少なくともサバイバルを描いた冒険小説としてはダントツに面白いし、さらにはロジックを積み立てたり、プロフェッショナルの知識や経験を駆使することで問題解決に至るストーリーという点で、ミステリファンにも非常にアピールできる魅力を持った作品である。というかすべてのエンタメ小説好きにおすすめしたい大傑作であった。
▲アンディ・ウィアー『火星の人(下)』(ハヤカワ文庫)【amazon】
本作が素晴らしい理由はいくつもあるが、まずはやはりサバイバル小説として優れているところだ。火星にたった一人で残され、そこで生き残るドラマというのは確かにすごいが、それもしっかりした説得力あってこそ。もちろん現実に人類は火星に足を踏み入れているわけではないし、あくまで想像の部分も大きいのだろうが、そこを虚構と思わせない徹底したリアルさがある。
なんせサバイバルといっても火星である。食料や水はどうするか、といった基本的な心配だけではなく、空気はどうするか、排泄物はどうするかなど、無人島などでのサバイバルとはレベルが段違いだ。それを嘘っぽくならないよう、作者もさまざまな知識を総動員して生き残る術を主人公に挑戦させる。
なかなかのスーパーマンでなければクリアできないミッションだが、そもそも主人公は火星探索の一員として最低二つ以上の専門領域を持っており、サバイバルを克服できる設定も上手に組み込まれているのが、作者の周到なところだ。
「神は細部に宿る」という言葉があるけれど、まさしく本作にこそ相応しい言葉である。細かいところをいい加減にせず、理屈を通すことで面白さを生んでいくのである。たとえば冒頭、危機に見舞われた主人公が意識を取り戻し、とりあえず現状を把握しながら、論理的に生き延びられる条件と日数を割り出していくシーンが展開する。もうこの時点である種の感動に包まれる。これって本格ミステリにある名探偵の推理シーンと同じタイプの感動なのである。
また、サバイバルだけでなく、火星からの脱出もしくは救出作戦を合わせて描いたことも大きい。さすがに火星の様子だけではストーリーが膨らみようもないし、いずれはすべてが尽きて主人公が死ぬだけである。そこで主人公がどうやって火星から脱出するのか、救出されるのか。そのための準備や地球との連絡、地球の様子など、そういう側面もまたサバイバルの要素として加わることで面白さが倍増した。地球の関係者や主人公の同僚クルーたちのドラマがまた激アツなのである。
ただし、本書の解説にも指摘されていることだが、サバイバルや救出劇以外の余計な要素は極力排除され、徹底したサバイバルドラマに絞っている点は要注目。たとえば背後で政府のある陰謀が働いていたとか、その種のサスペンス要素は一切ない。
それが上手くいくこともあるのだろうが(実際、他の映画ではそういう要素が入っていることの方が多いらしい)、本作に関しては元々の素材がよかったこともあり、余計な味付けをしなかったことが成功につながっている。あざといサスペンスを作らなくとも、火星の状況、そして主人公の行動がさまざまな局面を招く。それだけで十分に一喜一憂できるのである。
主人公のキャラクターや叙述のスタイルも成功した要因の一つだろう。主人公のワトニーは極めてポジティブ思考であり、加えてユーモアを忘れない。絶体絶命の状況において、それが非常に有用であることはビジネス書を読むより遥かに本書の方がわかりやすい(笑)。
この主人公のキャラクターを表すために、日記という手法が使われており、小難しい説明も通りがよくなるというメリットもあるのだが、何より主人公のギャグがストレートに描かれるのがいい。ハードボイルドの例を持ち出すまでもなく、古より逆境における主人公の減らず口ほどかっこいいものはないのである。
本作は皆様ご存知のとおり、『オデッセイ』のタイトルで映画も公開されており、また作者の小説は『アルテミス』、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の二作がすでに刊行されている。こちらも早めに取り掛かりたいものだ。
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Comments
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完全に同意します
この本は最高です。
ハードSFに限ってみてもオールタイムベスト級でしょう。
「月は地獄だ!」を書いたキャンベルジュニアに読ませてみて感想を聞きたい(笑)
Posted at 16:15 on 05 07, 2024 by ポール・ブリッツ
ポール・ブリッツさん
凄い本でした。著者はもともとSFファンだそうですが、同時に軍事科学や安全保障の全分野などについて研究を行うアメリカのサンディア国立研究所で、15歳にしてプログラマーとして働いた経歴もあるとのことなので、やっぱり天才ですね。あの内容は専門家でも簡単には書けないと思います。
でも専門分野に邁進するのではなく、膨大な知識を小説にしたくなるというのが、SFファンの性という気もします。
Posted at 17:23 on 05 07, 2024 by sugata