IoT時代のハードづくりを支援すべく、孫泰蔵氏が3年前に立ち上げたABBALab(アバラボ)。出資した14社のスタートアップから、大企業では決して採用されないであろう斬新な発想のモノが誕生しつつある。パフォーマー必見の「光る靴」から憩いをもたらす“バーチャル妻”、愛犬家にうれしい犬の気持ちを視覚的に示すデバイス……。ものづくり新時代を実感させるクールなIoT製品をじっくり紹介してもらおう。

(前回はこちら

 IoT(モノのインターネット)時代には、すべてのモノがインターネットにつながり、モノ自体の有り様が変わり、家の中もオフィスの中も街の中も大きく変貌します。

 私は知人の小笠原治氏とともにハードウエアづくりに取り組むスタートアップを支援するABBALab(アバラボ)を2013年に立ち上げました。ABBALabが支援するスタートアップ企業から、IoT時代を先取りする斬新な発想の製品が誕生しつつあります。

 その代表例が「Orphe」。下の写真を見てください。

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 スタイリッシュなスニーカーのように見えますが、ただのスニーカーではありません。約100個のフルカラーLED、モーションセンサー、Bluetoothモジュール、バッテリーなどを内蔵しています。

 このスニーカーを履いてキックしたりステップを踏んだりすると、動きに合わせて靴底のLEDが様々な色の光を、スピーカーが音を発します。Bluetoothを通じてパソコンやスマートフォン、電子機器と接続することが可能。専用のアプリケーションソフトを使って光の色や強さ、発色と音のパターンなどを自分好みにつくり上げることができます。そのプログラムをユーザー同士でシェアすることも。ダンサーやアーティストらのパフォーマンスツールとして、また仲間同士で同じ色や音を出して楽しむコミュニケーションツールとして利用できます。 

 Orpheをつくっているのはno new folk studio(ノーニューフォークスタジオ)。CEOの菊川裕也くんは音楽好きで、大学時代には電子楽器の研究に没頭。やがて動きに合わせて光と音を制御するスニーカーの開発に挑戦するようになりました。no new folk studio への支援を決めたABBALabは、彼らがプロダクトを量産するサポートをしました。伊勢丹新宿店が今年6月、Orpheを期間限定で予約販売したところ、伊勢丹オンラインストアで売れ筋ランキングの第4位に入るなど大きな人気を博しました。この後、専用の販売ブースを設けた先行販売、9月9日の一般発売と弾みがついていきました。

3次元の“バーチャル妻”

 Vinclu(ウィンクル)はホログラムコミュニケーションロボット「Gatebox」を開発中。そのコンセプトムービーはYouTubeに公開後、1カ月間で50万回再生されるほど話題を集めています。

 「Gatebox」はホログラム投影技術と各種センサーを活用したハードです。「Gatebox」の機器内にデジタルキャラクターが出現。ユーザーの行動を認識し、朝には「おはよう、朝だよ。ほら、起きて起きて」と声をかけて起こし、夜に帰宅すれば「お帰りなさい。お疲れさま。お仕事頑張ったね」と優しく出迎えてくれます。

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 インターネットを通じて家電とつながり、今日の天気を伝えたり、風呂を沸かしたり、テレビをつけたりとユーザーの日常生活をサポート。まさに“バーチャル妻”の役割を果たします。2次元の世界でしか出会うことができなかったキャラクターと一緒に暮らす感覚が味わえるのですから、キャラクター好きの世の男性たちには垂涎の的と言えるでしょう。

 実はYouTubeへのアクセスの7割は米国、韓国など海外からのもの。Gateboxの音声認識は日本語以外の言語にも対応をしていく予定なので、日本発の“バーチャル妻”が海を渡る日も遠くはないはずです。

犬の気持ちを可視化する「イヌパシー」

 イヌパシーが開発した犬用ウエアラブルデバイス「イヌパシー」は愛犬と飼い主のコミュニケーションを活発にする製品です。犬の胴に装着するハーネスに動物用の心拍センサーを内蔵。そこから検出した信号を解析することで、「喜んでいる」「ストレスを感じている」「リラックスしている」「集中している」といった愛犬の精神状態を判断。その内容を背中のLEDランプの色と光り方で示します。

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 犬が喜んでいる時、LEDランプは七色に光ります。犬が喜んでいることが視覚で確認できうれしく感じた飼い主は「もっと楽しませてあげたい」と一緒に遊ぶ時間を増やしたり、新しい遊びを取り入れたりしようとするはず。犬と人との関係をより深め、ペットのいる暮らしをより楽しく豊かにすることを目指す一品です。

 イヌパシーは装着している間、常に心拍を記録しています。それらのデータはインターネットを通じてクラウドに蓄積。愛犬の適切な健康管理に役立てることもできます。

 センスプラウトは農業用のセンサーを開発しています。家庭菜園から大規模農業にいたるまで、作物の育成には適度な水やりは不可欠。センスプラウトのセンサーは静電容量の変化を検知することで土壌中の水分量を測りLEDで通知します。

 大規模農業用では複数箇所に設置したセンサーのデータをパソコンやスマートフォンのアプリソフトで確認できます。測定したデータはクラウドに保存。農地の適切な水分管理に役立てます。 

 特筆すべきは将来的にバッテリーがいらなくなること。環境中を飛び交うラジオ、テレビ、携帯電話などの微弱な電波を電力に変換して作動します。また、センサーの電子回路はインクジェットプリンターを使い導電性のインクを印字してつくるため、小ロットでも低コストで製作できるのがメリット。従来、高額だった水分センサーネットワークを低価格で構築できれば、これまでカン頼みだった水やりを最適化し、世界の農業用水の使用量を大幅に削減できる可能性があります。

出資の判断基準は「面白いか否か」だけ

 ABBALabが支援するスタートアップ企業が生み出しつつあるのは、いずれもIoT時代を先取りしたハードで、我々の暮らしをガラリと変える可能性を秘めています。これらのハードは斬新なアイデアを具現化する技術力、デザイン力、人材力、すりあわせ力などがあったからこそ、形になりました。IoT時代に臨んで、日本のものづくりの強さを発揮する好例だと思います。

 現在、ABBALabが出資するスタートアップ企業は、これまでご紹介してきた会社を含めて14社あります。数年以内に100社ほどに拡大したいと考えています。

 あまたある候補の中から支援する企業を決める基準は私や小笠原さんが「面白いと思うか否か」。マーケットがあるかどうかなんて考えないし、会社の事業計画も見ないことすらあります。最近はシリコンバレーの投資家たちもみなそうしています。

 スタートアップの世界にはこんな定説があります――成功する企業ほど、最初は周囲から「なんだかよく分からない」「どうやって儲けるのか」と首をひねられることが多い。逆に、誰もが「これはいい」と賞賛する企業はうまくいかないことが多い。だから私は自分の感覚を信じて「面白そう」「発展性がありそう」と思えば、すぐにゴーサインを出します。

 例えば、“バーチャル妻”のホログラムコミュニケーションロボットは「極めて直感的にコミュニケーションが取れる」点が面白いと思いました。ユーザーは特別な操作をする必要はありません。言葉でやりとりするだけでユーザーが望むことをやってくれます。今、スマホやパソコンが苦手な高齢者が多くいます。直感的に操作できるコミュニケーションロボットはやがてスマホやパソコンに代わる中心的なデバイスになっていくと期待しています。

海外からの出資も続々

 このように、スタートアップ企業から新しい発想のモノが続々と出てきています。一方、こうした「面白さ」で突き抜けたモノを日本の大企業が生み出すのは困難でしょう。長年にわたって築き上げたブランドと看板を背負う大企業は、不特定多数の人々が共感し、品質も性能も価格も納得できるモノでなくては市場に投入できないからです。

 その点、スタートアップは恐いものなし。多少のバグや不具合があっても製品を出し、ユーザーのフィードバックをもらいながらどんどん改良していきます。市場性や事業性の高さに大企業が気づいて競合製品を投入しようという時には、既にバージョン3、バージョン4へと進化し、追いつくのが難しくなっています。

 では大企業はIoT時代に押し寄せるものづくり新潮流の中でどのようなアクションを取ればいいのでしょうか。

 大事なのはスタートアップと協力関係を築くことです。豊富な人材や技術でものづくりの手助けをする。ヒットし始めたら出資、買収して取り込んでいく。シリコンバレーの大企業はみなそうしています。

 ところが、日本の大企業にはスタートアップと連携する文化がなく、こうした動きを取る企業はほとんどありません。自前でつくることにこだわり、結果的にイノベーションを生み出すことができなくなっています。

 ABBALabには、日本のスタートアップ企業に興味を持つ海外企業が続々と訪ねて来ます。ABBALabが出資する14社のうち、約半数に既に海外の資本が入っています。一方、日本の大企業はいまだゼロ。日本の大企業のスタートアップに対する距離感が見える話だと思いませんか。

 何度も指摘する通り、IoT時代が到来し、ものづくりに新たな潮流が押し寄せています。IoT時代での飛躍を期し、活動を始める起業家が数多くいます。日本の大企業は長年培ってきたものづくりの強さを発揮するために今、何をすべきか、何ができるか、改めて考えてみるべきではないかと思います。

(編集協力:小林佳代)

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