米国を中心に、世界中のスマートフォンユーザーを熱狂の渦に巻き込んでいるゲームアプリ「ポケモンGO」。18日時点でまだ日本での配信は始まっていない。だが、少し先の未来を暗示するような光景が16日の夕方、東京・お台場に広がっていた。
携帯バッテリーにつながれたスマートフォンをせわしなく操作しながら数十メートルの移動を繰り返す集団がそこかしこにいる。男女が入り混じり、中高生や外国人の姿も多い。覗き見ると、一様に宇宙空間のような同じ画面が映し出されていた。
聞けば、位置情報を利用したスマホ向けゲームアプリ「Ingress(イングレス)」の愛好者。米グーグル発祥のベンチャー、ナイアンティックが開発・配信しているゲームで、アプリのダウンロード数は累計1300万を超える。この日は、ナイアンティック主催の一大イベントがお台場であり、数千人のイングレスファンが集結していた。
このナイアンティックこそ、ポケモンGOを大ヒットさせた立役者。イングレスはポケモンGOのベースとなったゲームである。
「家にいたままでは楽しめない」ゲーム
とにかくポケモンGOの勢いは凄まじい。6日に米国で配信されると、瞬く間に全米へとブームが広がった。米調査会社によると米国での1日の利用者数は約2100万人となり、人気ゲーム「キャンディークラッシュ」が記録した同2000万人を超える歴代1位を記録したという。
熱狂は順次、世界各国へと飛び火。任天堂の株価は15日までに7日終値から86%も急騰し、時価総額は約1兆8200億円も増加したことから、ポケモンGOは「任天堂復活」の象徴としても報じられている。
しかし、任天堂や、同社が出資するゲーム企画会社のポケモン(東京都港区)は、あくまでポケモンGOの開発に協力する立場。ポケモンGOを開発・配信する主体は、ナイアンティックである。
もともとナイアンティックは、グーグルの一部門としてイングレスを開発。世界中にイングレスのユーザーが広がると、2015年8月、グーグルからの独立を決めた。
すると翌9月に任天堂・ポケモンと提携し、イングレスをベースにした新たなゲーム、ポケモンGOを開発すると発表。さらに翌10月には、グーグルに加え、任天堂とポケモンの3社から最大3000万ドル(当時のレートで約36億円)の出資を受け入れることで合意するなど、独立後、矢継ぎ早に新施策を打ち出していた。
その結実が、ポケモンGOの大ヒットというわけだ。
「ポケモンGOでやろうとしていることの基本は、イングレスでやってきたことと一緒。テクノロジーの力で人を外に連れ出して、さらに人と人をつなげる、という我々のコンセプトを、ポケモンGOはより分かりやすく、広範囲で実現してくれると思っています」
元グーグル社員でナイアンティックの創業メンバー、アジア統括本部長を務める川島優志氏は、こう話す。
イングレスは高度で奥深いゲームだが、簡単に言えば現実世界の地図を基にした「陣取り合戦」。ユーザーは緑色のチームか青色のチームのどちらかに属し、「ポータル」と呼ばれる現実世界のあらゆる店舗や施設、史跡などを、緑軍と青軍で奪い合うゲームだ。
ポイントは、実際に現実世界の場所へ赴かないとポータルを攻撃したり、ポータルからアイテムを得たりすることができない点。半径40m以内の距離まで近づかないと効果がないため、遊んでいれば自然と歩く距離も増える。
また、1人の攻撃量はわずかのため、緑か青、同じ陣営に属する仲間との協力が不可欠。そのため、各地域ごとに多数のコミュニティーが立ち上がっており、仲間で集まって移動しながら遊ぶ集団も多い。
この「家にいたままでは楽しめない」「人との出会いがある」という特徴を、ポケモンGOも引き継いでいる。
現実世界を歩きまわって楽しむ
ポケモンGOは、陣取り合戦というよりは、コレクション要素が強いゲーム。ユーザーは、現実世界のいろいろな場所を歩き、探索しながらポケモンを捕獲していく。
遭遇したポケモンを捕まえるには、「モンスターボール」と呼ばれるアイテムが必要。同アイテムは課金して購入もできるが、「ポケストップ」と呼ばれる名所旧跡や有名なモニュメント、商業施設などでタダで拾うこともできるため、ポケモン捜索とアイテム入手の両面で歩きまわるユーザーが続出しているというわけだ。
ポケモンGOには、イングレスのような陣取り合戦の要素もある。ユーザーは、赤・青・黄の3チームのどれかを選び、現実世界に点在する「ジム」を3チームで奪い合う、という遊びだ。
イングレスのポータル奪取をシンプルにした形と言え、米国ではイングレスのように仲間同士で集まって、ジムを相手チームから奪うグループも増えているという。
ただし、ポケモンGOはイングレスの世界観を引き継いでいるとは言え、ポケモンの人気やブランド力がなければ、ここまで世界中の人々を熱狂させることはなかっただろう。
その意味で、ポケモンとナイアンティックの出会いを演出した任天堂前社長の故・岩田聡氏の功績は大きい。
ポケモンGOは、岩田氏とポケモンの石原恒和社長が2年越しで温めてきたプロジェクトだった。岩田氏は、同時並行で、任天堂として単独で開発・配信するスマホ向けゲームアプリの開発も指揮していたが、陽の目を見る前の昨年7月にこの世を去った。
しかし、岩田氏の「遺志」は確実にポケモンGOに反映されている。
「ゲーム人口拡大」を掲げ、「ゲームが社会や子どもの親から嫌われない」ことを目指した岩田氏。それを「ニンテンドーDS」や「Wii」で実現してみせたのは周知の通り。ユーザーを外に連れ出すことにも挑戦した。例えば「すれちがい通信」というDSの機能では、現実世界ですれ違ったユーザーと交流できる新たな楽しみ方を広めた。
“普通”のユーザーをかつてない勢いで外に連れ出しているポケモンGOは、まさにこのゲーム人口拡大を大きく前進させた、と言える。
「世界中に広がり得る娯楽にチャレンジしたい」
あまりに多くのユーザーが一気に野外を出歩くようになったため、安全面での懸念など新たな課題も指摘されているが、半面、「外を出歩くようになり、肥満が解消できそう」「家にこもっていたが、外に出ることで、うつ病が治りつつある」といったユーザーからの報告もツイッターなどに次々と投稿されている。
スマホ向けゲームの課金のあり方についても、ポケモンGOは岩田氏の遺志に沿っている。岩田氏は、「射幸心を煽り、少数のユーザーから多額の課金を得る」というモバイル向けゲームの主流だった課金手法を暗に否定し、生前最後のインタビューではこう話していた。
「『広く浅く』から課金していただけるようなゲームが作れた時、本当に社会に受け入れられたことになり、そして世界中に広がり得る娯楽になると思っているんです。そこにチャレンジしたい」
「実現できたらかっこいいと私が思うのは、『任天堂は新しいビジネスモデルを確立した』と言ってもらえることだと思います」
ナイアンティックの創業者でCEO(最高経営責任者)を務めるジョン・ハンケ氏は昨年10月、この岩田社長の発言に関連して、こう話していた。「(ポケモンGOの)ゲーム内課金は、もっとゲームを味わい深くするような形で入れていく。プレーする人が勝つためにお金を払うような形にはしない。“品のある”やり方でやりたい」。
実際、ポケモンGOは今のところ、ハンケ氏の言うように、品のある課金にとどまっている。モンスターボールは1つあたり日本円で6円程度の単価。そこら中で拾えるものとに差はなく、熱くなったユーザーがつい課金し続けてしまう類のものではない。
もう1つ、「ルアーモジュール」というアイテムもある。購入すれば、特定のポケストップに30分間ポケモンをおびき寄せることができるというもの。ただし、効果は自分だけではなく、ルアーモジュールを仕掛けた場所の周辺にいる別のユーザーにも及ぶ。これも、特定のユーザーが勝つために際限なく課金し続けるようなことはないだろう。
それでも、爆発的なユーザー規模をごく短期間に築いたポケモンGOは、それなりの課金収入をもたらしているようだ。米調査会社のセンサー・タワーは、1日あたりのアイテム販売の収益は約160万ドル(約1億6000万円)と推定する。公開後4日間で約1400万ドル(約14億円)を売り上げたとする別の調査会社もある。
「岩田さん、ようやくここまで来ました」
仮に後者をもとにすると、プレーヤーが2000万人として、1人あたり約70円の計算。ナイアンティックは、「広く薄く」という新たなビジネスモデルを岩田社長の遺志を継ぐかのように築きつつある。もっとも、岩田社長には「彼らなら安心して任せられる」という確信があったからこそ、この協業の話を進めたに違いない。
16日、ハンケ氏はお台場で開催したイングレスのイベントで数千人のファンを前に、ポケモンGOが日本で配信される時期を「もう間もなく」と明言した。その場にいた10人ほどのユーザーに「ポケモンGOが配信されたら、やる?」と聞くと、全員がイエスの返答だった。
この日のイベントだけでも圧巻の規模だったが、日本で配信が始まれば、その何十倍、何百倍ものユーザーがナイアンティックの世界へと入り込むのだろう。
日本人としてポケモンGOプロジェクトを始めた川島氏はポケモンGOを米国で配信した2日後、ブログにこう綴った。「岩田さん、ようやくここまで来ました。どうか空からどれだけの人々が外へと飛び出していくか、見ていてくださいね」。
もうすぐ、日本でも熱狂が始まろうとしている。
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