中国共産党が、5年に一度開く党大会を終え、習近平総書記(国家主席)が2期目の政権をスタートさせた。習近平氏が10月18日に行った3時間半に及ぶ演説と、25日に明らかにした党幹部人事から何を読み取ることができるのか。中国事情に詳しいキヤノングローバル戦略研究所の瀬口清之研究主幹に聞いた。(聞き手は森 永輔)
今回の中国共産党大会と党幹部人事からどんなことが読み取れるでしょう。どこに注目しましたか。
瀬口:大きく三つの点に注目しました。第1は、習近平総書記の演説が総花的だったことです。習近平氏の名前を冠した政治思想を党規約に盛り込むことに重きがあったのでしょう。政策理念の面で目新しいものはありませんでした。毛沢東以来の政権トップが言ってきたことと、これまでの習近平政権の基本方針をバランス良くまとめたという感じです。
ただし、目新しさがない点は割り引いて評価する必要があると考えています。第1期の政権メンバーは、習近平氏の前任である胡錦濤氏やその前任である江沢民氏の影響力が残るものでした。演説の草稿はその環境下で作成されたものです。
習近平氏が今回新たに選んだ信頼できるメンバーと話し合い、中身を伴った政権構想を明らかにするのは、来年に予定される三中全会(第19期中央委員会第3回全体会議)ではないでしょうか。第1期の政権でも、政策構想を明らかにしたのは総書記に就任してから1年後(2013年11月)の三中全会(第18期中央委員会第3回全体会議)でした。あの時は「市場経済重視の改革全面深化」を掲げ、世界中が注目しました。
2025~40年、危機リスクが高まる
二つ目は、今後の展望を2035年までの中期と、建国から100年となる「21世紀半ば」までの長期に分けて提示したことです。期が変わる2035年ごろに政策を見直すことを暗示しています。実は私は、この二つの期の境に当たる2030~2040年にかけて、中国が長期の経済停滞に直面することを懸念しています。この危険な時期を前もって意識して政策を運営する可能性が高まったのはいいことです。
何を懸念しているのですか。
瀬口:中国が「中所得国のわな」にはまる危険性です。その頃の中国の所得水準は中所得ではありませんが。中国国民の所得が増え生産コストが上昇し中国製品の価格競争力が低下する一方で、イノベーションを生み出すのは難しい。であるにもかかわらず、国内需要の高度化に伴って先進国企業と競争する領域は増えていく。輸出を伸ばしにくくなる一方で、輸入は増加しやすくなります。中国企業の収益が伸び悩めば、税収を直撃する。貿易収支と財政収支がともに悪化するリスクが高まるわけです。
高度成長期であれば、不良債権が生じても、資産価格がすぐに上昇に転じるため短時間で解消することができます。しかし、安定成長になれば時間がかかる。不良債権の問題は特に不動産市場で顕著になるでしょう。
外的ショックにも弱くなります。2008年にリーマンショックが世界を襲った時、中国は非常に強いレジリエンスを発揮しました。もう、そうはいかなくなります。
80年代以降の日本を想像すると分かりやすいでしょう。70年代までは日本経済も強いレジリエンスを発揮し景気後退は長続きしませんでした。しかし、安定成長期に入った80年代以降、プラザ合意後の円高、そしてバブルの崩壊に見舞われました。レジリエンスが低下したため回復が遅れ、政策のイノベーションを起こすこともできず、今もって苦しい情況が続いています。
中国の場合、政権交代がありません。もし当時の日本のような情況に陥れば、不満は共産党政府に向かう。経済的なリスクが政治リスクを生み出し、政経の両面で大変な事態になりかねない。
習近平氏の演説は、このリスクが最も高くなる時期に経済政策を見直すことを示唆しているわけです。適切な見直しをすれば、2035年以降も高いパフォーマンスを維持できる可能性が高まるでしょう。
ただし、習近平氏が私と同じように2030年代のリスクを意識して、2035年を境に中期と長期を分けたわけではないと思います。
三つ目の注目点は何ですか。
瀬口:政策運営の前提となる基本認識の変化です。
これまで中国では生産力の増大、すなわち経済成長の達成が経済政策の重要課題でしたが、それはある程度満たされた。今後は経済社会発展の不均衡や非効率をどう改善するかが重要課題になるという認識を示しました。そのソリューションとして、貧困脱却、社会保障の充実などを実現すべきであるとの政策方針を出しているので、そのメニューの中で所得再分配を検討するのだと思います。
共産党は、国有企業の過ちを熟知している
第2期習近平政権の経済政策はどのようなものになるでしょう。全貌は三中全会を待つ必要があるのかもしれませんが、現時点で読めることはあるでしょうか。
瀬口:共産党が民間企業の経営への介入を強めるため経営効率が低下する、との懸念が広まっています。私は、それはあり得ないと考えます。
中国の民間企業は、昨年、苦しい時期を経験しました。設備投資の伸び率がそれを顕著に表わしています。2014年まで、民間企業の投資は投資全体の伸び率よりも10%ポイントほど高い値を記録する状態が続いていました。それが、2015年にはほぼ同じ伸び率にまで低下。2016年後半になると、投資全体の伸びが前年同期比10%であるにもかかわらず、同2~3%程度にまで落ち込みました。
背景にあるのは、ドル建ての輸出が2015年、2016年と2年連続でマイナスとなったこと。過剰設備や過剰在庫の処分など、供給サイドの調整が民間企業の先行き見通しを不透明にしたことです。
それが、今年になってようやく明るい見通しが出始めた。過剰在庫を処分するため価格がどんどん下がるという状況を脱し、価格上昇とともに企業の利益が伸びました。輸出も2017年に入ってプラスに転じています。設備投資も回復方向にあり、金融機関は民間企業向けの融資抑制姿勢を改め始めました。
規制緩和が進み、これまで民間企業に対して禁止されていたインフラ産業への参入も可能になった。新しい産業の息吹も感じられるようになってきました。電子商取引、AI(人工知能)、フィンテック、電気自動車などの分野ですね。製造業のイノベーションを図る10カ年計画「中国製造2025」が少しずつ効果を発揮し始めたのでしょう。
もし、ここで共産党が民間企業の経営に介入すれば、せっかく回復した元気が再びしぼんでしまうことになりかねません。なので、共産党は決してそのような政策は取らない。自分たちが介入すれば経営に悪影響を及ぼすことを彼らはよく知っています。「国有企業」という悪い見本を間近に見ていますから。
大連万達、海航集団(HNA)、復星集団、安邦保険、浙江羅森内里投資の5社の経営に、政府がさまざまな介入をしたと報じられています。大連万達は不動産大手。海航集団は航空・金融グループ。復星集団は投資会社ですね。 例えば大連万達は、政府の圧力を受けて、海外への投資を断念したと伝えられています。
瀬口:ご指摘の企業はいずれも政治銘柄です。つまり、習近平氏が政敵を追い落とすために、政敵とつながりのある企業に圧力をかけたと見られています。大連万達は、かつて習氏のライバルだった薄煕来氏とつながりがあります。安邦保険は鄧小平氏の系列と関係が深い。
加えて、これらの企業は海外投資が多い。共産党政府が資本規制を強める時期だったので、そのターゲットになってしまった面も背景にあります。
浙江羅森内里投資を除く4社だけで、中国企業が2016年に買収した海外資産の5分の1近くを占めるとの報道があります。資本規制は、元安を懸念する投資家が資金を海外へ移すのを抑制するための措置ですね。
瀬口:そうです。
経済政策の司令塔は劉鶴氏
経済政策について、人事面から読み取れることはありますか。経済政策の司令塔が、李克強首相になるのか、新たに常務委員に選ばれた汪洋氏が取って代わるのか、注目を集めています。
瀬口:それは、両者の担当が正式に決まる次の全人代ではっきりします。
ただ、政策を立案するのは、習近平氏の右腕である劉鶴氏だと思います。これまでもそうでした。習近平氏が大きな方向を指示し、劉鶴氏が具体的な経済政策を立案、李克強氏もしくは汪洋氏が執行する体制になるでしょう。
そうだとすると、経済政策が大きく変わることはなさそうですね。
瀬口:はい。ただ習近平氏が力を増したことで、改革が加速するのではないでしょうか。
私が考える改革の柱は次の三つです。第1は所得の再分配。第2は地方の財政改革。第3は国有企業の改革です。
所得の再分配について、習近平氏は明示的には述べていません。しかし、党規約を見ると「大衆の獲得感」という表現が随所にみられます。「生活や社会が良くなったと実感できるようにする」ということです。具体的には貧困からの脱出、社会保障や医療など生活基盤の改善、教育の重視。税制の改革について具体的な話は出ていませんが、三中全会で明らかにするのだと思います。
所得再分配の強化はこれまで、長老など富裕層の反対が強く前に進みませんでした。しかし、習近平氏が権力基盤を固めたので、進められるようになる。共産党は、経済社会の格差に対する不満の増大が共産党政権を脅かしかねないことをよく知っています。欧米の状況を見れば、明らかですから。
トランプ米大統領や、米民主党でクリントン氏と争ったバーニー・サンダース氏が反エスタブリッシュメントを掲げ、支持を集めたのはこの象徴です。トマ・ピケティ氏の著書「21世紀の資本」がベストセラーになったのも同じ流れの中で起こった出来事といえます。
第2の地方財政改革は、地方政府の財源をめぐる問題です。現在、地方政府の収入は税収が半分、不動産開発に伴う収入が半分です。不動産開発の原資には地方政府傘下の組織や国有企業が金融機関から借り入れる資金が多く含まれており、企業債務が増大する原因にもなっています。
この不動産収入は、土地が有限である以上、いずれ枯渇します。長期的には不動産価格が暴落するリスクもあります。仮に暴落すれば、企業債務の不良債権化、金融機関の業績悪化を引き起こすと同時に、地方政府の財政破綻を招きます。
不動産収入に頼らない構造を作るための方策として、以下の二つが考えられます。一つは、中央政府による財政補填です。日本の交付税交付金のような仕組みを取り入れる。もしくは、地方が負担している支出を中央政府が肩代わりすることもありえるでしょう。地方政府は現在、社会保障費、教育費などを負担しています。
もう一つの方法は、地方税を創出することです。例えば不動産利用税を住民に課す。中国では現在、上海市と重慶市以外の地方では固定資産税に相当するものがありません。
国有企業の経営効率を高めることはできない
第3の国有企業改革はずいぶん前から指摘されている大問題ですね。
瀬口:はい。これに対して私は、ほかのエコノミストとは少し異なる見方をしています。国有企業の経営効率を改善したり、収益率を高めたりことはほぼ不可能と考えています。どの国の歴史を見ても国有企業の抜本改革に成功した事例はほとんどありません。
え、それでは、国有企業をどう改革するのですか。
瀬口:国有企業の体質はそのままでも、経済全体に占める割合を小さくすることで、国有企業が経済全体にもたらす悪影響を軽減することができます。国有企業は現在、GDP(国内総生産)の20%ほどを占めています。これを10%程度まで小さくする。
どうやって、小さくするのですか。
瀬口:自然と縮小していきます。
なぜですか。
瀬口:2020年代、中国は高度成長を終え、安定成長に移っていきます。経営効率が悪く、収益力のない国有企業の伸びは、安定成長となった経済全体の伸びよりもさらに小さい。
それとともに、民間企業と競合する国有企業を退場させる。この時、習近平政権が現在進めている国有企業の合併が役に立ちます。合併によって国有企業の数が減っていれば、介入に取り組む政府にかかる負担が小さくなります。介入にかかる負担は、国有企業の規模ではなく数に依存しますから。
中国政府は私のように考えて国有企業の合併を進めているわけではないでしょう。しかし、もしかしたら、政府内にも私と同じようなシナリオを考えている人がいるかもしれません。
日本企業は中国投資を拡大している
今後の経済政策が日本企業に影響することはありませんか。
瀬口:日本の金融機関によると、中国で事業を展開する日本企業は以前より元気になっているようです。中でも自動車、自動車部品、電子部品、ロボット、ヘルスケアなどの分野で投資が拡大している。中国市場の伸びがもたらす恩恵を享受しています。
以前は日本企業に元気がなく、欧米企業が元気でした。この流れが逆転した。
何かトリガーになる出来事があったのでしょうか。
瀬口:フィンテック、電子商取引、AI、ビッグデータ活用などの分野で中国企業が力をつけています。欧米企業はこれを脅威とみて、警戒感を高めています。
一方、日本企業には、中国市場が持つ地域特性や文化が追い風になっています。特性は、例えば人口密度です。中国の都市と日本の都市の人口密度は、どちらも高い。したがって、地下街やコンビニエンスストア、密集型のマンションなど、日本が生み出した商品が、中国の都市にそのままマッチする。欧米先進国にはニューヨークとロンドンを除いて、日中両国のように人口密度が高く人口が多い大都市はありません。
日本政府は、日本企業の中国ビジネスを支援してこなかったので、日本企業は自力でこれらの事業を伸ばしてきました。
地域特性としては距離が近くて時差が小さいことも重要な要素ですね。
加えて、日本と中国の文化は近いものがある。これが、例えば介護事業などで有利に働いています。老人を抱き抱える作業を考えてみてください。日本の文化を背景に持つ人は、欧米文化を背景とする人に比べて、比較的自然に老人を安心させながらサポートすることができます。
確かに、ハグすることに違和感を覚えるアジア人は多いですよね。
外交のキーパーソンは王滬寧
対米関係はどのようになるでしょう。
瀬口:今回の党大会と人事から読み取れることはあまりありません。それに米中関係に変化を与える要素は、中国よりも米国側にあると思います。米国務省は、対中政策に関わる重要ポストの人事がいまだに決まっていません。11月に入ると、トランプ大統領・習近平主席による米中首脳会談が開かれます。いったいどんな話し合いになるのか、想像がつきません。
最後に、人事が対米関係に及ぼす影響について伺います。中国外交のトップを務める楊潔篪氏が25人しかいない政治局員に選ばれたことが注目されています。2002年まで政治局委員を務めた銭其シン氏以来のことです。
瀬口:私は、楊潔篪氏の人事をあまり重視していません。外交政策を立案し習近平氏に進言しているのは外務官僚ではないからです。今回、政治局常務委員に選ばれた王滬寧氏が外交のキーパーソンです。
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。