中国共産党中央紀律検査委員会(中紀委)は9月1日、国務院国資委員会主任で、同委員会の中国共産党委員会副書記でもある蒋潔敏を党紀律違反で調査すると発表した。「国資委員会」とは「国務院国有資産監督管理委員会」の略称で、蒋潔敏は今年3月18日に当該委員会の主任に就いたばかりだ。

 中紀委とは、「党紀律に違反した者を調査する」党機関。権限は党大会の上にあり、いわゆる「中共中央」こと「中国共産党中央委員会」と同格だ。

 ここが手を着けたら最後、その党員の社会的命運は尽きる。中紀委が動く時は中国の最高指導者のグループ「チャイナ・セブン」の合議を得ているからだ。絶対に覆らない。

 蒋潔敏がいかなる党紀律違反をしたのか、その具体的な内容はこれから明らかになっていくが、「腐敗」であることに間違いはない。

 蒋は、2011年まで代表的な国有企業、中国石油天然ガス集団(China National Petroleum Corporation、CNPC)の総経理(社長)であり、かつ同集団の党委員会書記だったからだ。2013年3月までは中国石油集団(中石油)の董事長兼党委員会書記であった。いわゆる「石油閥」の首魁の一人だ。

 中国の富が国有企業に集中していることは知られているが、石油閥のそれは中国の利権集団の中でも尋常ではないレベルだ。こうした富の集中が、今話題になっている「シャドーバンキング」ともつながっている。改革開放後、国営企業は淘汰されて最終的に「国有企業」となったが、金融機関からの融資などは回収が十分に見込まれる大手の国有企業に向けられ、民間の中小企業にはなかなか回らない。そのため、シャドーバンキングが必要悪として横行していた。

 最近、中国は融資に関する規制緩和に踏み切ると同時に、国有企業に対しても「反腐敗」のメスを入れ始めた。蒋潔敏の失脚はその象徴だ。

すでに「政治の季節」は終わっている

 中国の石油閥のトップには、周永康が「いた」。
 石油閥には主として三つの系列がある。

 まず「大慶系」。
 これは中国油田の中で最大のもので黒竜江省にある。開発は1960年に始まった。

 胡錦濤政権時代の「チャイナ・ナイン(現在は7人だが、当時は9人の集団指導体制だった)」の党内序列ナンバー9、中共政法委員会(公安、検察、司法を管轄)の書記を務めていた周永康は、中国一の「石油男」でもある。

 1966年に北京石油学院を卒業後、1967年に大慶油田の技術者として派遣された。その後、遼寧省にある遼河石油で党委員会副書記に昇進し、85年に中央行政省庁の石油工業部副部長(副大臣)に就任。88年から96年まで、「中国石油天然ガス総公司」の副総経理になり、次に述べる「勝利系」のうちの山東省東営市党委員会書記へと進み、そして中国石油天然ガス総公司総経理、党委書記、国土資源部部長と出世コースを歩んだ。これらを経て中国の最高指導層グループ、チャイナ・ナインの椅子に至った。彼は本来は、江沢民一派で「あった」。

 そして「勝利系」の石油閥。
 こちらは山東省東営市を中心とした8つの市から成る大油田で、1961年開発。
 三つ目が「長慶系」。
 1970年に開発。西部の甘粛省慶陽地区長橋鎮を中心として寧夏回族自治区、内モンゴル自治区一帯を覆う。

 今般失脚した蒋潔敏は「勝利系」の人間だ。最近失脚した「勝利系」には、ほかに郭永祥(四川省人代元副主任)、陶玉春(崑崙利用総経理)、李華林(中石油副総経理)がいる。

 「大慶系」の王永春(中石油副総経理兼大慶油田総経理、中共中央委員会候補委員)も8月29日に失脚したばかりで、「長慶系」の冉新権(副総裁)、王道富(総地質師)らもすでに党紀律違反に問われ、中紀委による「調査」を受けていると新華網(8月29日)は報じている。

 石油閥の人間に次々と中紀委の手が及んでいる。となれば最終的なターゲットは石油閥のドンで「あった」周永康、とは容易に予測がつく。
 これをして「汚職摘発を口実に、習近平が仕掛けた権力闘争」であると見る向きが非常に多い。

 しかし、中国の権力闘争が行われるのは、常に5年に1回開催される「党大会」前夜だ。党大会が開催され、新たな中共中央政治局常務委員が決まった瞬間、「5年間」はこの地位は不動だ。絶対に変わらない。つまり新たに決まった「チャイナ・セブン」は、今後5年間は安泰、というのが中国の政治のルールなのだ。

 したがって「権力闘争」をする必要がない。
 新体制が決定したあとは、いかにして民心を掌握するかに全ての関心が注がれる。

 一例を示せば、私が中国要人から得た情報によれば、薄熙来の妻、谷開来を公判にかける前に、習近平は秘かに江沢民(彼は長いこと薄熙来の後ろ盾になっていた)に会い、意見調整を行っているようだ。江沢民は「薄熙来と谷開来の公判を完全に切り離し、薄熙来には重刑を課すように」と習近平に伝えたとのこと。そして江沢民は最近では、自分が胡錦濤政権に放った刺客であった周永康の処遇さえ、「重罪がある」として切り捨てているという。利益集団の代表とされていたあの江沢民が、民心の安定を重視しようとする習近平を支持したのだ。周永康を軸にした、胡錦濤、江沢民の代理戦争、という読み筋もあるが、これはすでに終結した争いなのだ(なので、全て過去形で書かせていただいた)。

 そもそも「権力闘争」説に立つならば、習近平は誰を相手に闘っているのだろう?
 今、中国で起きているのは本当に権力闘争なのか。
 ここを正確に解剖しなければ、中国の現実が見えなくなってくる。

お題目どころか、本音も本音

 胡錦濤・前国家主席は第18回党大会の開会演説(2012年11月8日)で、「腐敗を撲滅しなければ、党が滅び国家が滅びる」と語調を荒げている。

 2012年11月15日、中共中央(中国共産党中央委員会)総書記に選ばれた習近平も、その最初の挨拶で、胡錦濤と同じ言葉を繰り返した。

 「腐敗を撲滅しなければ、党が滅び国家が滅びる」と。
 社会が安定している日本で聞けば、まさしく「(権力闘争のための)お題目、政治的な発言」と受け止めるのも無理はない。しかし、中国の要人にとってはまさしく本音、血を吐くような叫びだと私は思う。道徳的な意識や正義漢ぶってのことではなく、共産党が生き残れるかどうかの瀬戸際、という切羽詰まった思いからの言葉なのだ。

 はっきり言えば、中国は今、権力闘争などという、「のんびりしたこと」をやっていられるような状況にはない。前回取り上げた薄熙来事件の裁判と同様、中国共産党の統治の正当性が問われるほどの、危機に追いつめられている、という事だ。今回の一連の失脚劇は、党が宣言した「腐敗撲滅」に本気で着手する覚悟のほどを窺(うかが)わせるものと、位置づけるべきだろう。

 今年3月に開かれた全人代(日本の国会に相当)では、反腐敗運動に関する報告がなされた(2013年3月10日)。

 それによれば、過去5年間で汚職や横領等の腐敗で有罪判決を受けた党幹部の数は14.3万人にのぼるという。ただしこれは村レベルの党幹部まで含めた腐敗件数で、中共中央(中国共産党中央委員会)を訴追することは、一般にかなり難しい。

 しかし、胡錦濤も習近平も宣言したように、「腐敗を撲滅しなければ、中国共産党体制は必ず崩壊する」と筆者も見ている。

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