中国政府が命じたのか? 中国海軍の現場が独断で行ったのか? その意図は?
海洋安全保障の専門家、小谷哲男・日本国際問題研究所研究員に聞いた。
(聞き手=森 永輔)
小谷さんは今回の件を、どのようにご覧になっていますか。
小谷:「さも、ありなん」という印象を持っています。中国人民解放軍が外国の軍隊に対して挑発行為を行うのは今回が初めてではありません。特に2000年以降、常態化しています。
今回の件を耳にして、最初に頭に浮かんだのは、2001年の春に米中間で起こった事件です。南シナ海を米国の偵察機が飛んでいました。人民解放軍の戦闘機がこれに異常接近。最後には接触し、墜落してしまいました。米軍機の方は海南島に不時着しました。この事件が起こる日まで、人民解放軍の戦闘機は毎日のように米軍機に嫌がらせをしていました。米軍機の前を横切ったり、並走して米軍機のパイロットに対して中指を立てたり。
威嚇は国連憲章及びCUES違反
ただし、火器管制レーダーを照射する行為はこれまでとは異質です。明らかにエスカレートしています。これは武力行使に至るわずか一歩手前の行為ですから。威嚇と理解していいでしょう。威嚇は、国連憲章第2条が禁止しています。国連憲章は「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも(中略)慎まなければならない」としています。
レーダー照射はさらに、西太平洋海軍シンポジウムが作成した海軍間の紳士協定「CUES(Code for Unalerted Encounters at Sea)」にも違反します。このシンポジウムは日本、中国、米国、韓国のほか、ロシアやASEAN(東南アジア諸国連合)の海洋国家が参加するもの。CUESは、平時において、不測の事態を避けるための行動基準を定めています。艦船同士が保つ距離など具体的なことを規定しています。この中で、レーダー照射を禁止しているのです。
冷戦時代、米ソ間で挑発行為は日常茶飯事でした。しかし、両国は危険を回避するため、こうした挑発行為を次第に慎むようになり、合意にいたりました。現在の国際社会はこれに学び、倣っています。中国は、不測の事態に至る挑発行為を控えるというルールを破っているのです。
中国海軍は「限度」が分かってない
武力行使のほんの一歩手前の行為というのは、ただならないことです。火器管制レーダーを照射された側は、国際法上、反撃してよいことになっているといいます。中国海軍のフリゲート艦は、攻撃されても文句を言えない状況だったわけですね。
小谷:その通りです。火器管制レーダーを照射された際の反撃は、自衛権の行使と解釈されています。そのような危険な行為に及んだ中国海軍はアマチュアの軍隊だと言わざるを得ません。限度が分かっていないです。軍事費を増やし、装備は立派になった。しかし、人が育っていない。
今回の行為が、中国海軍の現場の独断だったのか、それとも中国共産党や中国政府が関わったことなのか、見方が分かれています。小谷さんはどうご覧になっていますか?
小谷:確固たることはまだ言えない状況です。でも、中国政府が中国海軍に命じてやらせた、ということはないと思います。中国外務省が会見で「報道があるまで、今回の事態を知らなかった」と答えたことが報じられています。共産党も関わっていなかったのではないでしょうか。
私は血の気にはやった中堅将校、例えばフリゲート艦の艦長クラスが功績を上げようとしてやったのではないかと見ています。
確かに、中国海軍の上層部は、東シナ海をいずれは南シナ海のようにしようと考えていると思います。ただし海軍上層部は、“南シナ海化”を実行するのはもう少し先のこととしていたと思います。
東シナ海の南シナ海化というのは、中国が排他的経済水域(EEZ)の定義を拡大解釈している件ですね。
小谷:そうです。中国海軍は、外国軍の艦船や飛行機に行動を監視されることを嫌い、EEZから排除しようとしています。でも、今は適当な時ではない。東シナ海の海軍力を比較すると、まだ日米の方が勝っていますから。南シナ海では、中国海軍が他の国の海軍力を上回っています。
他方、火器管制レーダーの照射は、フリゲート艦に乗る火器やレーダーの担当者が独断で行える行為ではありません。なので、その中間にある士官が命じたと考えられます。
最近、中国海軍のOBからこんな話を聞いたことがあります。「東シナ海も、南シナ海と同じようにしたいと考えている。これまでは我慢してきた。尖閣諸島の問題を棚上げにする約束があったからだ。しかし、日本が尖閣諸島を国有化したことで、我慢する必要がなくなった」。
戦前の日本のように、軍の現場が独断専行する状況にある可能性があるわけですね。中国共産党や中国海軍の上層部がかかわっていないことをポジティブに評価しますか? ネガティブに評価しますか?
小谷:どちらの面もあると思います。中国共産党が関わっておらず、今回初めて知ったとしたら、今後は中国海軍に対して「やめろ」と指示することができます。この面はポジティブに評価できます。しかし、これは中国海軍の現場が独断で動いたことを意味します。指揮命令系統に問題があるわけです。中国共産党の意図しないところで武力衝突が生じてしまう可能性があります。
不明瞭な事件の“現場”
今回の事件を調べていて、事件が起こった現場の状況に、いくつか不思議な点をみつけました。1つは東シナ海の現場で自衛隊の護衛艦「ゆうだち」は何をしていたのか?
もう1つは「ゆうだち」は単独で行動していたのか、です。複数の艦で行動していれば、中国海軍のフリゲート艦は火器管制レーダーを照射することはなかったのではないでしょうか。仮に「ゆうだち」が交戦に及んだ場合、一緒に行動している護衛艦も加わる可能性があるわけですから。普通に考えると、相手(日本)の状況――どのような装備の護衛艦が、どこにいるのか――を確認してから、行動しますよね。
小谷:今回の現場は尖閣北方100キロの公海上とされています。これは日中の排他的経済水域の中間線の辺りではないでしょうか。中間線近辺のパトロールは海上自衛隊が日常的に行っていることです。
ただし、日本政府が尖閣諸島を国有化した後、中国海軍のフリゲート艦を監視する役目が加わったと思います。尖閣諸島周辺の海域を出入りする中国海監の船を警護するため、2隻のフリゲート艦がこの海域に配置されたことが報じられています。
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