記者が経営者を取材をする場合、広報担当者が立ち会うことが多いが、質問と受け答えは外部に公開されない。記者会見において経営者に質問する場合は、ほかの記者も質疑応答を聞けるが、一般の方々は会見場に入れない。

 ごく稀に経営者と記者のやり取りを公開することがある。7月16日の午後、IT Japan2010という催しで、久しぶりにその体験をした。日本ヒューレット・パッカード(HP)日本オラクルインテルシグマクシスの経営幹部にそれぞれ講演いただき、その直後に筆者がインタビューした。

 25年も記者をしているから質疑応答には慣れているが、16日の場合、1000人を超える来場者が聴いていたので、さすがに緊張し、あまりうまく話せなかった。数日後、聴講に来られていた知り合いの方から「谷島さんの声が小さく質問があまり聴き取れなかったが、講演者の回答はとても面白かった」という内容の電子メールを頂戴した。

製造業であるHPがネット企業を買ったわけ

 公開質問に応じていただいた4社のうち、日本HP、日本オラクル、インテルの3社はいずれも米国西海岸に本社を持つ大手IT(情報技術)企業の日本法人である。HPはパソコンやプリンタで、オラクルはデータベース管理ソフトで、インテルはCPU(中央演算処理装置)で、それぞれ世界一のシェアを誇る。

 これら3社の日本法人幹部の講演が続いたのは偶然だが、結果として、売り上げを伸ばし続けている大手IT企業の積極果敢な経営のやり方が印象に残った。

 例えば、M&A(企業の合併・買収)である。米国企業がM&Aに積極的というのは驚く話ではないが、「それだけ次々に会社を買ってよく経営できますね」と言いたくなるほど、大手IT企業はM&Aを繰り返している。

 「HPは参入している事業分野で1位か2位になることを目標にしており、この戦略にそって過去3年半で30社をM&Aした」(古森茂幹・日本HP取締役常務執行役員)。かつてはハードウエア会社を買うことが多かったが、ここ数年はソフトウエアやサービス企業を買っている。中には、デジタル写真をインターネット上に保存し共有できるSnapfishというサービスを手掛ける会社もある。

 HPもSnapfishもITの会社としてくくれないこともないが、これら2社は妙な組み合わせである。HPはハードウエアやソフトウエアを企業や個人に販売する製造業であり、Snapfishは個人向けのインターネットサービス会社である。日本企業に例えるなら、日立製作所が「××コム」といった名前のネットベンチャーを買ったようなものだ。

 もちろんHPなりの理屈がある。古森常務によると「ビジネスから個人の生活まであらゆる取り組みがサービスの形で提供されるようになっていく」。HPはこうした“Everything as a Service”の基盤を提供する企業を目指していく。

 Snapfishは基盤ではなく、サービスそのものだが、HPが自らサービスを手掛けることにより、「どのようなシステム基盤やデータセンターが必要なのかを学び、事業に活かす」(古森常務)という。

 M&Aと言えば、ここ数年間でIT産業界を最も驚かせたのは、オラクルによるサン・マイクロシステムズの買収であろう。これまたIT企業同士のM&Aではあるが、ソフトウエア専業であったオラクルがハードウエア企業のサンを買ったのだから、放送会社のNHKがソニーの放送機器事業を買い取ったようなものである。

2日間でサン買収を決めたオラクルCEO

 公開質問時に、日本オラクルの遠藤隆雄代表執行役社長は、サン買収を決める直前、オラクルのラリー・エリソンCEO(最高経営責任者)がお忍びで来日していたことを明らかにした。「丸2日、日本で一緒にいたが何も言わなかった。続く土曜日曜で決断し、月曜にサンの買収を発表した」(遠藤社長)。

 M&Aをすればそれでいいというわけではないが、この意思決定速度はなかなか凄い。オラクルがサンを買うと、サンの競合であったIBMやHPなどハードウエア会社をオラクルは敵に回すことになる。そのリスクをどう考えたのだろうか。

 遠藤社長はリスクについて、米国と日本で受け止め方にかなりの差がある、と指摘した。

 「米国人はリスクをとらない限り、チャンスもないと考えている。それは買収された側もそうだ。サンの買収に伴い、サンが持っていたMySQLというデータベースソフトをオラクルは手に入れた。MySQL側の人達と話をしてみると、『世界有数のソフト会社であるオラクルと一緒になれて凄いチャンスだ。これから何ができるか考えよう』と極めて前向きだった。ところが、日本人は『オラクルの本業と競合するから、MySQLの先行きが不透明』などと心配してしまう。何か行動しようという時に日本企業はリスクを列挙し過ぎ、かえって行動が遅くなってしまう」

 この回答を聞いて、「報道にも責任がありますね」と質問席でつぶやいたところ、すかさす壇上の遠藤社長から、「動かないコンピュータとか失敗を報道するばかりではなく、成功例や、リスクをとってチャレンジした人を応援する記事をもっと書いてほしい」と言われてしまった。

 「動かないコンピュータ」とは、情報システムに関する失敗事例を実名報道する企画で、日経コンピュータがほぼ創刊時から連載している。IT Japanにおける公開質問は過去何度か担当したが、講演者からやりこめられたのは今回が初めてであった。

リーマンショックの後、本業に7000億円を投じたインテル

 米国大手IT企業の果敢な意思決定は、M&Aだけではなく、本業の投資についても見受けられる。インテル日本法人の宗像義恵取締役副社長は、インテルが直近の決算で創業以来最高の売り上げを記録したことを報告し、その理由を「本業を支えるコアへの投資と、生産性を向上する投資をしっかりやってきたため」と説明した。

 いわゆるリーマンショックの後、2009年2月にインテルは、次世代の半導体技術のために7000億円もの設備投資を決定した。経済の先行きが見えない状態で、コア投資を断行、それが今の好業績につながったという。思い切った投資をするかわりに、削れるコストはばっさり削ったが、「一律○%カット」という思考停止策はとらなかった。

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