インターネットの普及などを背景に年々深刻化する出版不況。そんな中でも相変わらず社会に強い影響力を持ち続けているのが「漫画」だ。国境を越えて支持される『進撃の巨人』、映画化された『GANTZ』、発表から20年の時を経て映像化された『寄生獣』、来年映画の公開が決まった『アイアムアヒーロー』…。この数年の注目作品を挙げれば枚挙に暇がない。
ただ、そうした昨今の人気作品を改めて列挙すると、特に子を持つ親の立場からは、「非常に気になる共通点」があることに気付く人も多いはず。ずばり、作品内に過激な描写が散見されることだ。とりわけ最近はCGなど漫画制作技術の発達で、悲惨なシーンを以前と比較にならないぐらい克明に描くことが可能になってきた。
「感動」や「仲間との絆」、「主人公の成長」などをテーマにした“普通の作品”も多数ある中で、あえて“グロい漫画”を好む人は、やはり心に闇を抱えているのか。サイコ・セラピストで日本催眠心理研究所の所長を務める米倉一哉氏に、過激な漫画や映画、小説を好んで読む人の心理について聞いた。
(聞き手は鈴木 信行)
グロテスクな描写が含まれる漫画や映像作品自体は以前から存在していましたが、ファンは一部のマニアが中心で、今のように一般的な支持を集めることはなかった気がするんです。でも最近は、顔がぐちゃぐちゃになったりする映画の宣伝が平気でお茶の間に流れていて、原作本もよく売れる。その背景に「日本社会の病巣」みたいなものを感じるんですが、気のせいでしょうか。
グロい漫画がヒットする背景に「潔癖すぎる社会」
米倉:いや、大変意味がある事だと思います。結論から言えば、今の社会状況が、多くの人がそうした作品に関心を持つ環境を作り出している、という事ではないでしょうか。まず、グロテスクな漫画や映画が流行する原因を心理・精神分析的な観点から分析すると、次のように言えるように思います。今は、殴り合いや取っ組み合いの喧嘩をする事なんてほとんどない、血を流したり、他人や自分の痛みを知る機会が子供の頃から極めて少ない社会ですよね。「痛み」だけでなく、大人になる過程で、砂場で泥まみれになって遊んだり、ミミズを捕まえたり、犬の糞をうっかり踏んだりする場面もめっきり減りました。
社会全体から“グロい事”が消えた、と。
米倉:人間は、どんな事でも「自ら体験して、感じたい、味わいたい」と潜在的に願う生き物です。これを“身体性”と呼びますが、生々しい実体験がなければ、そうした感情を満足させることができません。一昔前であれば、多くの子供が、密かに心に抱える「グロテスクな事や危険な事への関心・興味」や「周囲への攻撃性」を、思春期に友達と少し羽目を外したり、親に反抗したりして、少しずつ昇華したり、発散させて大人になりました。でも今は、反抗期自体がない子もいる。そんな「体験したくてもできなかったグロテスクな世界」が漫画に描かれてあれば、そこに興味を引かれるのは、ある意味当然であり、健全な心理なんです。
なるほど。ただ、どうなんでしょう、それにしても限度があると思うんです。巨人や宇宙人、ZQN(おそらく謎のウィルスに感染しゾンビ化した人々)、吸血鬼に、登場人物が捕食されたり、手足や内臓を切り刻まれたりするシーンを見て、目を背けないどころか全く気にせず、「来週(次巻)はどんなストーリーになるのかな」とワクワクしてしまうのは、さすがに自分でも心に闇を抱えている気がしてしょうがないんですが(笑)。
米倉:大丈夫です。人間は、何事も経験すると耐性が付いていく生き物でもあります。最初は「強い」「ひどい」「残酷だ」と感じていた刺激でも、何度も体験しているうちに物足りなくなるのは自然な現象です。
ならば「最近の『アイアムアヒーロー』は連載開始当初に比べグロさが足りない」などと不満に思ったり、「グロい漫画」や「後味の悪い映画」ばかりネットで検索したりする自分がいても、決して心に異常があるわけではない、と。
米倉:異常ではありません。むしろ、そうした感情や関心を無理矢理抑え込む方が危険です。例えば、子供がその種の漫画を読んでいる事実を知り、全面的に禁止してしまう親御さんがいます。そうすると「グロテスクな事や危険な事への関心・興味」が子供の心にずっといけないものとして溜めこまれて、それこそある時、実生活の中で爆発しかねません。本当はこういう自分でありたいのに、親や世間の手前、別の自分にならざるを得ない――。そんなアンビバレンスな感情を持ち続けると、人はやがて「自己の不一致」と呼ばれる状態に陥ります。大きな問題を起こしたり、リストカットをしたり、過食・拒食症になる子の多くはこの状態に陥っています。
グロい漫画は子供から取り上げず一緒に読む
そうならないためには、親は漫画を取り上げるのでなく、一緒に読めばいいんです。その上で、子供がなぜそのような漫画を読みたがるのか「共感」し、「理解」しようと努力する。そうすれば、自分の子育ての問題点が見つかるかもしれないし、子供も時間が経てば、別の事に関心を持つようにもなると思います。逆に、無理矢理やめさせようとすると、エスカレートしかねません。
どうしてもその種の漫画やゲームをやめさせたい場合は、こんな方法があります。「子供が、攻撃的でグロテスクなゲームばかりしていて心配だ」とウチに相談に見えられた親御さんがいました。私がその子にどう対処したかと言えば、枕投げをしたんです。枕ですから怪我をする危険はありませんが、本気で投げ合うと大人の私でも結構痛い。しかし何週も枕投げをした結果、その子はやがて過激なゲームへの興味を失いました。
攻撃的でグロテスクなゲームに引かれるのは、その子が心の中に攻撃性や痛みへの欠乏感を溜めている証拠である、と。枕投げという疑似的な攻撃の応酬でそうした欠乏感を発散させたから、過激なゲームで埋め合わせる必要がなくなった。そういう理屈ですか。
米倉:そうです。ただ多くの場合は、そこまでヒステリックに全面禁止にする必要はないと思いますよ。
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