まずは、下の写真をご覧いただきたい。

根津孝太氏がデザインした「zecOO(ゼクウ)」。今年の秋から販売予定。価格は約1000万円。

 流れるようなフォルム、力強い足回り、精悍なマスク。アニメ『AKIRA』の世界観を彷彿させるこの未来型バイクの存在をご存知だろうか。「zecOO(ゼクウ)」と名付けられたこのマシン、実は電気で動く。中小企業のモノづくり技術を結集して組み上げた車体は、ボルトの1本1本にまでこだわりが貫かれている。価格は1000万円と超高額だが、今年秋の市販に向けて、走行テストなどが繰り返されている。今年1月、アラブ首長国連邦ドバイで開かれた展示会で、現地の富豪が購入を決めたというテレビ番組を目にした方もいるかも知れない。

 コンセプトデザインを手がけたのは、znug design(ツナグデザイン)の代表を務める根津孝太氏。トヨタ自動車でデザイナーとして活躍した後、2005年に独立した。トヨタ在籍時には、数々の車体デザインを手がける傍ら、2005年の愛知万博で話題を呼んだコンセプトモデル「i-unit」を発表した。

 「車輪のついている乗り物なら何でもデザインする」という言葉通り、トヨタが昨年「東京おもちゃショー」に出展した小型電気自動車のコンセプトモデル「Camatte(カマッテ)」から、タミヤのミニ四駆シリーズのオリジナルモデル「アストラルスター」まで、手がける範囲は幅広い。

 乗り物だけにとどまらず、「アフタヌーンティー」ブランドのランチボックスや、サーモスのマグなど、生活雑貨などのメーカーからも声がかかる人気デザイナーである。

 普通の製品とは一線を画す、エッジの立ったデザインはいかにして生まれるのか。モノづくりに対するこだわりを根津氏に聞いた。

(聞き手は蛯谷 敏)

あえてプロダクトアウトしていく

今年秋にも販売が始まる予定の電動バイク「zecOO」は、発表当時から近未来的なデザインが話題を呼びました。

根津 孝太(ねづ こうた)
1969年東京生まれ。千葉大学工学部工業意匠学科卒業。トヨタ自動車を経て、2005年にznug design(ツナグデザイン)を設立。トヨタでは愛・地球博の「i-unit」のコンセプト開発リーダーを務めた。現在は、自動車からランチボックスまで、様々な工業製品のコンセプト企画とデザインを手がける。その傍らで、ミラノサローネや100%デザインなどで作品を発表。グッドデザイン賞、ドイツiFデザイン賞、他多数受賞。吉祥寺にある事務所には、ミニカーやプラモデルが所狭しと並んでいる。(写真:村田 和聡)

根津:マーケティングの用語に、「プロダクトアウト」という言葉がありますよね。一般に「市場の声を聞いていない、供給側の1人よがりの製品」といったネガティブな印象で語られてしまうこともあるのですが、僕はむしろプロダクトアウトしていくことが、モノづくりには大切だと思っています。

 作り手が、まずは自分が本当に良いと思えるものを考え抜く。それを手にする消費者を想像して、それを超える領域までとことん製品を作り込む。そういうものこそが、受け入れられると僕は考えています。

 開発者やデザイナーだって、普段は一般消費者であるわけです。消費者の感動や驚きも、本当は日頃の生活の中で感じているはずですよね。であるならば、日々暮らしている中で、「こういうものが欲しい」「こういうのが世の中にないじゃないか」という自分の強い思いがあったら、絶対共感してくれる人はいるはずです。これが、僕の考えるプロダクトアウトの真意です。

マーケットインが言い訳になっている

 もちろん、マーケットインの発想も大事ですよ。市場調査をして、そこから得られた知見から製品を開発していく手法はとても大切だと思います。けれど、経験的にマーケットインでは消費者が満足する製品は作れても、感動させる製品は作りにくいと感じています。

 もう少し言うと、マーケティングが言い訳に使われているケースもあります。「これが市場の声です」とだけ言って、自ら考えることなく企画を決めてしまう。その結果、誕生した製品がパッとしないなんてことが、珍しくありません。

 お客さんの声を聞くことはとても大事なことです。けれど、お客さんが答えを教えてくれることはありません。何が感動する製品なのか、分かっていないかも知れない。「赤が欲しい」と調査で分かったから赤で作ったとしても、本当はお客さんは、赤が欲しいわけではなくて、「青じゃない」という意味で言っているかもしれないですよね。

 僕はむしろ、その声を聞いた上で、ニーズを探り当てることこそがデザイナーや開発者の役割ではないかと考えています。ちゃんと自分の思考のプロセスを働かせているかどうかがすごく大事。作り手がいつもワクワク感の中でモノづくりをしていかなくてはダメですよね。

 例えば、2011年に発表した電動バイクの「zecOO」も、合理的に考えると、調査からは絶対に浮かび上がってこない製品なんです。アンケートをとっても、あのバイクを製品化するという結論にはならないでしょう(笑)。おそらく、企業が電動バイクの製品化を検討すると、スクーターが現実的な解になると思います。ちゃんと生産できて、販売できて、採算が合うからです。

zecOOは「子供の頃憧れた、近未来の乗り物のイメージ」から生まれた

 でも、それはあくまでも企業の大きな論理から出た答えです。バイクってやっぱり、かっこ良くないといけないじゃないですか。もっと純粋に、子供の頃憧れた、近未来の乗り物に乗ってみたい。みんなが一目見て、「お~」って鳥肌が立つようなものを作りたい。そういった想いを起点にしたモノづくりがあっても良いじゃないですか。

 zecOOを見て、色々な方が『AKIRA』だ、トロンだと言ってくれるんですけれども、作り手が純粋な思いで作ったものであれば、そこに共感してくださるお客さんも、少なからずいるんじゃないのかなと。

 付け加えていえば、1台きりのコンセプトモデルではなくて、ちゃんと製品として、誰でも買えるものにする。色々事情があって、1000万円という高額商品になってしまいましたが(笑)、ワクワク感を作り手と乗り手が共有できれば素敵だと考えています。

 このワクワク感や情熱って、実はとても大事で、今回のzecOOが製品化にまでこぎつけられたのも、僕の想いに共鳴してくれた、中小企業の社長や技術者の皆さんの協力があったからなんです。設計・制作を担当してくれたオートスタッフ末広の中村正樹さんを始め、クセと味のある個人が「面白そう」という興味でつながったからこそ、山あり谷ありだった製品開発の道を乗り越えることができました。

 だから、僕らはいつもワクワク感の中でモノづくりをしていかなくてはダメですよね。

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