パナソニックやソニー、シャープなど日本の製造業を代表する企業が苦しんでいる。日本の製造業はグローバルに市場が広がる中、徐々に競争力を失いつつある。そのような状況において、日本はあわてずに長期的ビジョンを持って製品開発に望むべき、そしてその製品開発において積極的に数学を活用すべきと説く。近著『とんでもなく面白い 仕事に役立つ数学』では、製品開発の現場で使いやすい各種の公式を紹介、それらを応用するためのコツを紹介した。日本の製造業が再び輝きを取り戻すためのヒントを聞いた。

(聞き手は木村 知史)

ものづくりの現場に数学を活用しようと呼びかけています。その真意はどこにあるのでしょう。

西成:私は常々「純粋数学を産業に応用したい」と言っています。その甲斐あって、現在では多くの企業と共同研究を一緒に手がけさせてもらい、その中で議論させてもらっています。ものづくりの現場も理解しているつもりです。

 現在、大手企業だけの数字を足しても数兆円の赤字を計上するなど、日本の製造業は私に言わせれば“残念”な結果となっています。最大の問題は長期ビジョンの欠如にあるのではないでしょうか。評価の期間が短く、すぐに結果を出したがる。半年、下手をすると3カ月トライしてみて、結果が出なかったら次の方策を考える。残念ながら、これでは良いものは作れません。

日本の製造業は根本まで戻って考えるべき

西成活裕(にしなり・かつひろ)
東京大学先端科学技術研究センター教授。1967年、東京生まれ。1995年、東京大学工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程を修了後、山形大学工学部機械システム工学科、龍谷大学理工学部数理情報学科、ドイツのケルン大学理論物理学研究所を経て、2005年、東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻に移り、2009年より現職。著書の『渋滞学』(新潮選書)では、講談社科学出版賞、日経BP・BizTech図書賞を受賞した。日本テレビ『世界一受けたい授業』などテレビ、ラジオなどにも多く出演。(写真:的野弘路、以下同)

 今、多くの製造業で必要とされているのは、立ち止まって根本に戻ること。例えば、なぜ不良品が出るのかを考えてもいいし、なぜ想定する基本能力が出せないかを考えるのでもいい。このときに、根本から原因を炙り出して、その原因を解決する。そして、根本からの問題を解決する際に、いい道具が数学なんです。

 不良品の問題で、ある部品が折れてしまうことがその原因だったとしましょう。開発現場とすれば、材料を変えたり、部品を作る際の成形温度を変えたり、いろいろ試してみることでしょう。その問題を数学で解いてやるのです。折れるという現象は何で決まっているのか、その現象を支配しているのは何なのか。深く深く掘り下げていって、抽象化して数学で解決する。抽象化してしまえば、同様な問題に関しては横展開できるという強みもあります。

 今の製造業を見ていると、何か悪いとすぐに絆創膏を貼るとかカンフル剤を注入するとか、そういった対症療法に頼りすぎな感があります。もちろん対症療法も重要ですが、それを根っこから取り除く原因療法も重要です。今の日本に必要なのは、原因療法ではないかと思うのです。

数学的アプローチで根本から解決するうえで、重要なことはどのようなことでしょうか。

西成:重要なことはいくつかあります。まずはすべて事象に関して定義をしなくてはならないこと。自分達の問題を解決するうえで、すべて曖昧にしてはいけません。しっかりと定義できなければ、何を解決するのか分からなくなってしまうからです。

 例えば、私が得意とする渋滞を取り上げましょう。渋滞はだれでも知っています。では、渋滞を定義してください、というと誰もできない。ビデオを見て、多くの車が道路にあふれていれば渋滞だと言える。逆に2、3台しか車が走っていなくて、すいすい流れていれば渋滞じゃないと言える。でも、ある車だけに着目し、その車だけを見せても、誰も渋滞かどうかを判断できない。これでは渋滞の問題は解決できないのです。

 私は、渋滞の定義だけで1年かけました。「流量を密度で微分して微分係数が負ならば渋滞」と定義したんです。こういった定義をなくして、道路を作ろうとしたって渋滞は解決できないのです。さらに、本質をこのように抽象的に捉えてしまえれば、車の渋滞はもちろん、人の渋滞も、ありんこの渋滞も何でも解決できます。私は、バブル崩壊が実は金融商品の渋滞だったという論文も書いています。

製造業で言えば自分達のコアビジネスの定義から始めるのもいいかもしれません。

西成:そうですね。例えば、エレクトロニクスメーカーでは“脱テレビ依存”と言われているかもしれませんが、敢えて「テレビとは何か」、ここを定義してみてもいいかもしれない。凄く抽象的にテレビが定義できてしまえば、「それさえ満たせばテレビなんだ」といったように、まったく新しいテレビができてくるかもしれない。また、テレビの定義を考えているうちに何か違った発想も出てくるはずです。

 もちろん辞書なんかを引いては意味がないですよ。自分達で徹底的に考えて定義するのです。そこで定義できれば、会社の背骨になる。また、抽象的に広く定義できるほど、いろいろなシーンで使えるのです。

試行錯誤がなくなれば日本は他国と同じ

 加えて重要なのは、徹底的に試行錯誤を重ねることです。数学的に問題を解決しようとしても、もちろん簡単にはいきません。これをやったら駄目だった、あれをやったら駄目だった、これを繰り返して正しい結論に導く。この試行錯誤は決して無駄ではなく、これが企業としての脚力となるのです。

 私は研究者だから分かるのですが、新しい論文を書くためには、それに付随するいろいろなことをすべて試しています。だから何が駄目だったか、何がうまくいったかがすべて分かっている。分かったうえで、うまくいったことだけをまとめて論文に出すのです。いろいろ脱線しているから、それに付随しているすべてのことが理解できています。これが強みとなります。それに関しては何を質問されても怖くない。

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