プロジェクトは投資である。
どんなプロジェクトも、最初に労力や費用を投下して、最後に金銭や無形の価値を得る、という構造になっている。新製品の開発であれ、新工場の建設であれ、あるいは新オフィスへの引っ越しだって、そうだ。受注型プロジェクトの場合はもっとはっきりしていて、プロジェクトの最初には見積・設計提案などが必要で、無事受注し完了すると代金収入を得られる構図になっている。 そして、投資には労力と金がかかる。労力だって、社内的にはお金が動かないように見えるかもしれないが、経営者から見れば人件費の消費である点に変わりはない。われわれの経済では、純粋に無料なものなど、ほとんど存在しない。だから、プロジェクトは金銭を投下し最後に価値を得る、投資行為だとみることができる。 さて、あなたは何かとっておきの素晴らしいプロジェクトをはじめることに決めた。ただし、手持ちの資金だけでは不足である。誰かからお金を借りる必要がある。世の中には一流の金融機関から街金まで、さまざまなプロの貸し手がいるし、あるいは親戚友人から借りるという手もあるかもしれない。その際、どのような条件が一番あなたにとって好ましいだろうか? 答えはいうまでもない。(1)金利が安い、という条件が一番であろう。しかし、それだけではない。よく考えてみると、お金を借りる際の条件には、他にもいろいろあるのだ。たとえば、 (2)返済期間が長い、というのも魅力的だろう。3年返済と10年返済では、毎年の負担額がまったく違う。多少金利が高くても、返済期間が長いのはありがたい条件だ。 (3)金利が固定、というのもある。住宅ローンなどでは、固定金利か変動金利かを選ぶ場面が出てくる。返済期間が長くなると、将来の利率が不確定だ。いまは不況の上に「異次元の金融緩和策」のおかげで金利は比較的安いが、将来インフレが起きて利率が跳ね上がる心配も、ないとはいえない。だったら、当面の利率は多少高くても、固定金利を選べる方が好ましく見える。 他には? (4)連帯保証や担保が不要、という条件があるなら、(1)(2)(3)の諸条件がひっくり返るくらい、非常にありがたいだろう。何であれ、事業には将来の不確実性がある。必ず、絶対に成功できます、とあなたは自分で信じ人にも約束するだろう。だが、何が起きるか分からないのがこの世間である。プロジェクトが失敗したときは、手元に何の果実も残らず、ただ借金が残る。その借金のカタとして、家や資産をとられたり、あるいは連帯保証人に迷惑がかかるような事態は、誰だって避けたい。多少金利が高くても、無担保で借りられるなら、それにこしたことはあるまい。 そもそも、担保に差し出せる資産があるくらいなら、別に金なんて借りる必要はないじゃないか。資産がないから、プロジェクトに投資して、資産を増やそうと試みているのだ。ならば、いっそのこと、「プロジェクトという無形の資産」を担保にして、金を借りられないか——じつはこれこそ、『プロジェクト・ファイナンス』という概念なのである。 今度は、視点を貸し手側に換えてみよう。あなたは今度、金貸しである。誰かに金を貸すとき、あなたとしては何を根拠に、お金を貸せるだろうか。金融業というのは、まるで労せずに利息だけを取っていく、ひたすら楽な商売だと思っている人も世間には多い。しかし、それは誤解である。「銀行家の不眠」という諺もイギリスにあるくらい、心配の絶えない商売なのだ。なぜなら、貸した金がちゃんと全部返ってきて、はじめて成り立つのが、金融というビジネスなのだから。だから、貸し手としては、借り手がちゃんと返済してくれるかどうかを、まず問う。その根拠となる条件は何か。 第一の条件は、(1)担保で貸す、である。担保さえ押さえておけば、相手が万が一夜逃げしたって、貸した金額分はほぼ回収できる。わたしが住宅ローンを借りるとき、まず家を担保に差し出さなければならない理由も、また家の価格分には満たない金額しか貸してくれないのも、このためである(家は住み始めたら中古になるから担保価値は割り引かれるのだ)。連帯保証をとる、というのも担保に準じている。取りはぐれなくする工夫だ。 第二の条件は、(2)相手への信用で貸す、である。相手が返してくれると、信用する。親戚友人など、個人間の融資の多くはこれだ。また、企業に対する融資も、一段進むと、このレベルになる。企業の信用力にはいろいろな要素があるが、最大のポイントは、きちんと毎年利益を計上していることだ。金利元本の返済は、黒字だろうと赤字だろうと払わなければならない(赤字だと払わずにすむ法人税とは、その点が全く異なる)。だが赤字が続けば企業が倒れる危険性がある。そうなれば貸した金を回収できなくなる。さらにいうと、企業は市中銀行から借りる以外に社債を発行して金を借りる手段もある。この際に、貸し手の目安となるのが、格付け機関による『格付け』である。格付けこそ信用力を実体化したものに他ならない。 そして、第三の条件が、(3)事業への信用で貸す、である。相手が生まれたばかりの会社で、過去の経営実績もなく、信用力も評価しようがない。連帯保証人もいない。これが全くの新技術・新分野なら、ベンチャー・キャピタル(VC)の出番だ。しかし、相手が取り組もうとしているのが、ある程度、確立した分野のプロジェクトの場合に用いられるのが、プロジェクト・ファイナンスという手法なのである。 たとえば、ある新興国が、地域への電力供給事業に取り組みたいと考えている。工業化と発展のためには、まずインフラとして発電所が必要だ。だが、それを自前で建てる資金がない。一方、ここに先進国の事業会社がいて、あの国のあの地域には電力ニーズが潜在的にあるな、と考えている。投資したいが、相手国側の協力も必要である(通常はインフラ事業ゆえに現地法人の設立が必要だ)。それに、全部を手金でやるのではなく、借金をして、レバレッジをきかせたい。ただし、新興国ゆえに、将来には不確実性もある。プロジェクトが失敗したときに、その借金を全部かぶるのはごめんだ、と考えている。もちろん発電は確立した技術分野なので、VCの出番ではない。 そういうときに、頼りになるのが、ECA(Export Finance Agency)と呼ばれる準政府機関である。ECAは先進国が自国産業の輸出促進のために設立する機関で、その業務にはいろいろあるが、プロジェクト・ファイナンスへの取り組みもその一つだ。その代表格が、日本の『国際協力銀行』(略称JBIC)という存在である。JBICは現在のところ、北米・欧州・韓国などのECAの中で、質量ともにプロジェクト・ファイナンスの最大の融資者なのである。そのことを、日本人はもっと知って、誇りを持っていい。 わたしが主催する「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」では、さる1月28日に、この国際協力銀行の経営企画部長である内藤様を講師に迎えて、初心者にも分かるプロジェクト・ファイナンスのお話しをうかがった。だからわたしがここで書いていることも、大部分は内藤部長の講演の聞き書きを元にした、受け売りの知識である(汗)。 さて、プロジェクト・ファイナンスは、通常の企業融資(コーポレート・ファイナンス)とどこが違うか。その最大のポイントは、「当該プロジェクト事業を専ら目的とした特別目的会社を設立し、そこに対して融資をする。プロジェクト事業が失敗した場合でも、返済請求権を出資元の親会社に遡及(Recourse)しない」という点だ。 図を見て欲しい。通常のコーポレート・ファイナンスでは、事業会社は複数の事業を営んでおり、基本的にはその信用力をベースに融資する。新興国に現地法人を設立して取り組んだ発電プロジェクトが途中で失敗した場合でも、返済請求は出資者である事業会社に遡及されてくる。通常は、そのために「親会社保証状」を要求される(つまり連帯保証である)。あるいは逆に、その新興国の政府自体に、保証人になることを要求するケースもある。これをソヴリン・ファイナンスとよぶ。ソヴリンSoverignとは国王とか主権者のことだ。 ところが、プロジェクト・ファイナンスでは、現地に設立された特定目的法人(これをSpecial Purpose Company = SPCと略す)に融資する。そのベースとなるのは、当該プロジェクト事業の信用のみである。これが失敗した場合、貸し手はお金を回収できなくなる。だから、貸し手としては、いやでもプロジェクト内容の評価に真剣にならざるを得ない。その発電事業の採算性はどうなのか。立地・市場性はあるのか。電力価格(しばしば政策が介入する)は適正か。建設コストやスケジュールは妥当か。設計・調達・建設(EPC)を請け負うエンジニアリング会社は、きちんとしたプロジェクト遂行能力と品質を担保できるのか。どういう契約でEPCを発注するのか。発電所の運転操業は誰がどうやるのか。送電網は誰が用意してどういう条件でつなぐのか、etc., etc... おわかりだろうか。これは「プロジェクト価値評価」業務そのものである。そして、貸し手が一切を合意・承認できる計画条件でない限り、融資は行われない。借り手にとっては、ある意味、うるさい限りだ。おまけに、金利は、通常の融資より少し高い。当然のことだろう。貸し手は貸し倒れのリスクを、その金利に含めざるを得ない。 ここで、ちょっと簡単な計算をしてみよう。今、あなたは裕福金満な貸し手である。あなたは、担保能力のない新興国の新設会社に、自分の手金を融資する。その金額をCとしよう。返済時には、利息として利率Rを加えた金額を返済してもらうことにする。つまり、返ってくるお金は (1+R) Cで、融資による純粋な利益は、差し引き RCとなる。では、あなたは利率Rを、いくらに設定すべきだろうか。 もしこの新設会社のプロジェクトが失敗したら、あなたはCだけ損失を被る。いま、このプロジェクトが失敗するリスク確率をrとしよう。すると、rC が、あなたが潜在的に抱えている貸し倒れ損失金額の期待値だ(これをリスク・エクスポージャーという)。また、あなたが得られる利益の期待値は、成功する確率を乗じた(1-r)RCということになる である以上、あなたとしては、利益の期待値が、損失金額の期待値を上回るように、利率を設定しなければいけないことになる。 (1-r)RC > rC この式を変形すると、次のようになる: R > r/(1-r) これが、あなたの設定すべき利率なのだ。この条件には、C(いくら貸したか)は一切現れないことに注意して欲しい。純粋に、相手のプロジェクトが失敗するリスク確率が問題なのだ。それがもし10%なら、あなたは0.1/(1-0.1) = 11.1%を、もし20%なら、0.2/(1-0.2) = 25%を、最低でも利率としなければならない。 現実には、金融機関は手金を融資するわけではない。そこで、実際の利率は、基準となる市中金利(たとえばロンドン銀行間金利LIBORなど)をベースに、自社の運用したい水準を設定した上で、上記のRの分を加算しなければならない。このRを、『リスク・プレミアム』と呼ぶ。そこでは、年間の貸し倒れリスク確率(年次デフォルト率)が問題となるわけである。 プロジェクト・ファイナンスでは、JBICなどECAだけでなく、民間銀行もシンジケートを組んで融資することが多い。より正確に言うと欧州系のECAは保証業務だけを行うので、必ず民間銀行が必要になる。そして、この種のファイナンス組成のためには、客観的な評価が必要だから、プロジェクト事業の専門家をはじめ、法務・財務・金融・国際関係など様々な専門家が世界中から集まって、協議交渉を続けることになる。言語は、当然ながらすべて英語である。期間も、半年や1年以上はザラだ。金銭をめぐる交渉は文字通り、切ったはったのツバぜり合いである。それだけ大変な仕事だが、そのかわり世界の一流の専門家とやり合えるわけだから、非常にやりがいのある仕事だともいえる。 先ほど述べた研究部会でも紹介された興味深い事実は、プロジェクト・ファイナンスの方が、じつは案外デフォルト率が低い、という統計である。Moody’sは約4,000件のプロジェクト・ファイナンスの実績を調べ(その中の約300件がデフォルトを起こした)、累積デフォルト率はMoody’sの通常のBaa/Ba格付と同等であることを見いだした。しかも、年次デフォルト率の推移を見ると3年目から一貫して低下を続け、10年後にはシングルA格をこえている(!)。したがって、「プロジェクトファイナンスはリスク耐性の強い特別なコーポレート貸付である」と彼らは結論づけている。プロジェクト・ファイナンスの組成は通常より時間がかかるし、事業者に対してはあれこれと口を出して縛りが多いわけであるが、それがプロジェクト・ガバナンスのレベルを向上する効果を生んでいるのである。 ここでは、プロジェクト・ファイナンスという奥の深い世界の、とば口の一端を紹介したに過ぎない。しかし、それがプロジェクト客観評価に密接に関わっていることはお分かりだと思う。わたしがかねてから主張している、プロジェクトの価値やリスクを客観的に評価できるプロフェッショナル=『プロジェクト・アナリスト』の必要性も、このMoody’sの統計調査などから支持されているといえるだろう。JBICにご出馬いただくまでもないような通常の企業のプロジェクトでも、その価値や投資の正当性について継続的・客観的な把握が必要であり、きちんとしたガバナンスも重要である。そのような観点から、プロジェクト・ファイナンスの構造について、もっと皆が関心を持つべきだとあらためて感じた次第である。
by Tomoichi_Sato
| 2015-02-16 05:43
| プロジェクト・マネジメント
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