■<奇想コレクション>E・ハミルトン『フェッセンデンの宇宙』
Fessenden's Worlds 中村融編訳(河出書房新社)
『キャプテン・フューチャー』と『スター・ウルフ』のスペースオペラの印象が強く、短編は「フェッセンデンの宇宙」を読んだきりだったエドモンド・ハミルトンの日本オリジナル短編集を読んだ。
全体的にシンプルできっちりしたストーリーで、短編SFとして完成度がなかなか高い。アイディアストーリーというよりは、あるアイディアによって生み出されるシチュエーションによる物語をどちらかというと情感中心で描いてある、という印象。「フェッセンデンの宇宙」はアイディアストーリーなのだけど、全体を読んだ読後感は少し違っていた。すでに中身が違う別の短編集『フェッセンデンの宇宙』(早川SFシリーズ)が過去にあるので、ここはやはり別の書名になっていたほうが全体の雰囲気も伝えられて良かったのではないかと思う。自分の好みと全体の雰囲気からいくと短編集『翼を持った男』というタイトルがよかったかと。
1930年代の作品が多いのだけど全く古い感じがしない(ストーリーがストレートなのは今の小説と違うかもしれないけどね)。これは翻訳の効用が随分あるのかもしれない。『翻訳夜話2サリンジャー戦記』で村上春樹が古い作品を現代に訳すことの意義みたいのを語っていたけれど、随分前の作品を現代の日本語に訳す作業というのは通常の翻訳に比べて、言葉を選んでいく作業が擬似創作というような側面も強いのかもしれない。そこらへんの話を<奇想コレクション>のどこかの時期に中村融氏と他の翻訳家とで「翻訳夜話」してほしいと切望。
では、短編一個づつについて感想です。(☆10個満点) ネタばれ有! 注意!!
「フェッセンデンの宇宙 」 ☆7個
やはり名作ですね。これ、長編にも膨らませられそう。短編連作でいろんな星のエピソードを描くのもいいですね。そういうのも読みたかったな、と思わせる広がりのある話。科学的にどうこういうタイプの作品ではないのだけど、P14の重力が無くなると体が破裂するというのは余りにもアレかと。気圧と重力がごっちゃになってますね。
「風の子供」 ☆6個
なかなか詩的でいい話。荒野と男と少女、そして生命を持っているかのような風。編訳者中村融氏があとがきで、こういう話を偏愛している。特に『最後の惑星船の謎』が良い、と書いている。読んでみたくなったのでここにメモ。
「向こうはどんなところだい?」(「何が火星に」改題) ☆7個
火星第二次探検隊から戻った男の苦悩。宇宙開発の犠牲と地上の人たちの星への幻想の狭間にある帰還宇宙飛行士の話。これは凄く情感にクールに振った作品です。小学一年生で観た『ウルトラマン』のジャミラの哀切な情感にはかなわないけど、高校生でこれを読んでたらあれと同じ衝撃を得たかも。P89の死んだ探検隊員ジムの部屋を訪れたシーン。恋人が語る「全部あの人が子供の頃に読んだ古いSF雑誌なんです。あの人は大事にとっておいたんです」。ここでジムの死んだ瞬間の気持ちを想像すると、宇宙の憧れと過酷な現実の極限状況がぶぁっーとイメージ喚起され秀逸な描写と思った。
「帰ってきた男」 ☆5個
ブラックユーモア。悲惨な状況なのだけど男の淡々とした描写がいい味。ラストの模式的な終焉もこの描写でしっくりくる。
「凶運の彗星」 ☆4個
これはストーリー中心で情感的なところが少なく辛い点。話と彗星人のキャプテン・フューチャーチックなところのアンマッチが残念。さすがに古さを禁じえません、これは。
「追放者」 ☆6個
ショートショート。SFの楽屋落ち的だけど、S・スタージョンの『不思議のひと触れ』もそうだったけど、今いる世界は本物でなく、ここではないどこかに自分のいる場所がある、という感覚の話がこの本でもいくつも出ていたけど、SF作家のコアの部分に潜んでいる感覚かもしれない。ディックは当然としてティプトリーとかラッカーとかこれは枚挙にかかない。ハミルトンについてはあとがきにある14歳でカレッジへ入ってしまったことによる周囲との年齢さが大きく影響している、ということか。
「翼を持つ男 」 ☆8個
ミュータントテーマで、天使のような翼の生えた奇形の若者の話。これも情感を丁寧に描いていて、翼を広げて自由に空を舞う絵的イメージとあいまって一番好きな一編となった。アイディアとしてはどっかで見た気がするのだけど、羽の描写とかリアルで、いいイメージでした。今のCG技術でこういう主人公でもう少しこの短編より映画的にクライマックスを構成しなおしたら、結構傑作な映画ができるのではないかと想像した。
「太陽の炎」 ☆5個
宇宙生物もので「凶運の彗星」と同じく点が低いのでした。
「夢見る者の世界」 ☆7個
これも自分のいる世界への違和感(?)ばりばり全開の話。こういう話好きです。二つの世界の対比がいいですね。欲を言えば、登場が鮮烈だった黄金の翼の活躍が後半でもっと読みたかったかな、と。
◆関連リンク
・復刊.com 『星々の轟き』(エドモンド・ハミルトン著・安田均編) 復刊リクエスト投票
・【幻想と怪奇の環】さんのエドモンド・ハミルトン邦訳作品リスト
・既刊短編集2冊の詳細。『フェッセンデンの宇宙』 『星々の轟き』
・フランスのキャプテンフューチャーサイト Capitaine Flam - Historique すっげぇマニアック
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