無断リンク禁止どころか無断言及禁止と言いたい人もいるようだけど、公表された言論に対する無断言及など当然できるというのが当り前だろうと思う。以前にもマナー論やら重箱の隅つつきやら揚げ足取りやらで文句を言う人はいたけれど……
はてなブックマーク - 管理の問題ですね、わかります - プログラマーの脳みそよりrag_enさんのブックマークコメント
※2008/06/11 ekkenさんのご指摘により引用元のコメント主を追記
もしも批判することそのものができない(許されない)としたらこの条文自体が矛盾してしまうのではなかろうか。「批判できないのに、(批判の前提となる)引用はできる」ってなんのこっちゃ?
ということは、「仮にそうだとしても(=その根拠があるとしても)」が成立するということで、「ネットが一般化した今においてはカビが生えたルール」と言いたいのであろうか。とすると、一体何を持って「カビが生えたルール」と言いたいのかぜひ伺ってみたいものである。
もちろんあらかじめ断っておくが、著作権法の成立した時期を根拠にするというのは無しね。
※2008/06/14追記 昨日(6/13)あたり、消毒しましょ! からのアクセスがやたら多い。
カビが生えてんのはお前の頭なんだよ!! - 消毒しましょ!
内容自体は至極まともだし意見にも賛成できるのだが、いかんせん毒舌が過ぎる。そういうのを読むに耐えないと思う人は上記リンクをクリックしない方が幸せかも。
はてなブックマーク - 管理の問題ですね、わかります - プログラマーの脳みそよりrag_enさんのブックマークコメント
※2008/06/11 ekkenさんのご指摘により引用元のコメント主を追記
”公表された言論に対しては批判の対象となる、という単純なルールがある”ちょいちょい見かける意見だけど、その根拠を聞いたことはない。仮にそうだとしても、ネットが一般化した今においてはカビが生えたルール。著作権法第三十二条は根拠の一つと思うのだがどうだろうかな。
(引用)つまりこれは、「公表された著作物(言論も文章という形をとっている限り著作物である)は、批評(≒批判)する目的で引用することができる」と言っているわけであり、引用できる大前提として「批判できる」と解釈するのが尤も自然であろう。
第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
もしも批判することそのものができない(許されない)としたらこの条文自体が矛盾してしまうのではなかろうか。「批判できないのに、(批判の前提となる)引用はできる」ってなんのこっちゃ?
ということは、「仮にそうだとしても(=その根拠があるとしても)」が成立するということで、「ネットが一般化した今においてはカビが生えたルール」と言いたいのであろうか。とすると、一体何を持って「カビが生えたルール」と言いたいのかぜひ伺ってみたいものである。
もちろんあらかじめ断っておくが、著作権法の成立した時期を根拠にするというのは無しね。
※2008/06/14追記 昨日(6/13)あたり、消毒しましょ! からのアクセスがやたら多い。
カビが生えてんのはお前の頭なんだよ!! - 消毒しましょ!
内容自体は至極まともだし意見にも賛成できるのだが、いかんせん毒舌が過ぎる。そういうのを読むに耐えないと思う人は上記リンクをクリックしない方が幸せかも。
コメント (投稿フォームはこちら)
この記事へのコメント
「ネットが一般化した今においてはカビが生えたルール。」の発言者の名前を記したほうがわかりやすいと思いました。
僕としては「カビの生えたルール」というトンデモで批判を回避しようとするのはふざけているにもほどがある、と思います。
僕としては「カビの生えたルール」というトンデモで批判を回避しようとするのはふざけているにもほどがある、と思います。
はじめまして。
僕は法律家さんではないので、法律特有の特殊な読解方法があるとすれば、それについてはわかりません。ただ、素直にその条項を読む限り、あくまで「引用」についての条項であり、それを根拠に「批判すること」についてどうであるかを論じるというのは、少し無理のある方法だと思いますし、根拠としては弱いです(裁判とかであればそれも有効?なのかもしれないけど)。そもそも、ルールの根拠にルール(法)を用いる事自体、あまり意味があるとは考えられません。「で、その根拠は?」でループするだけなんで。(というか、その引用ルールもなぁ…うーん)
>一体何を持って「カビが生えたルール」と言いたいのかぜひ伺ってみたいものである。
仮にそういったルールがあったとして、文章等を人目につく場所に置くその手段が、主に書籍など商業的な敷居の高いものしかなかった頃であれば、そのルールもある程度有効だったのかもしれない。しかしネットが一般化し、そういう敷居の高さが取り払われ、趣味的なヌルい使い方・楽しみ方ができるようになった今、「批判の対象となる」というルールのシビアさは、その趣味的なヌルい楽しさを殺すことになり(必ずしもそうであるとは限らないが)、それはつまり損失の発生である。よって今現在において既に、それはむやみやたらと適用できる”生きたルール”ではないと考える(それを「カビが生えたルール」と表現した)。多少語弊含みな気はするけど、簡単に言えばこんな感じです。
さらに単純な言い方をするならば『あるファンサイトを立ち上げるとき、そのアンチからの批判というリスクを許容しなければならないの?それは良いことなの?』という話です。
僕は法律家さんではないので、法律特有の特殊な読解方法があるとすれば、それについてはわかりません。ただ、素直にその条項を読む限り、あくまで「引用」についての条項であり、それを根拠に「批判すること」についてどうであるかを論じるというのは、少し無理のある方法だと思いますし、根拠としては弱いです(裁判とかであればそれも有効?なのかもしれないけど)。そもそも、ルールの根拠にルール(法)を用いる事自体、あまり意味があるとは考えられません。「で、その根拠は?」でループするだけなんで。(というか、その引用ルールもなぁ…うーん)
>一体何を持って「カビが生えたルール」と言いたいのかぜひ伺ってみたいものである。
仮にそういったルールがあったとして、文章等を人目につく場所に置くその手段が、主に書籍など商業的な敷居の高いものしかなかった頃であれば、そのルールもある程度有効だったのかもしれない。しかしネットが一般化し、そういう敷居の高さが取り払われ、趣味的なヌルい使い方・楽しみ方ができるようになった今、「批判の対象となる」というルールのシビアさは、その趣味的なヌルい楽しさを殺すことになり(必ずしもそうであるとは限らないが)、それはつまり損失の発生である。よって今現在において既に、それはむやみやたらと適用できる”生きたルール”ではないと考える(それを「カビが生えたルール」と表現した)。多少語弊含みな気はするけど、簡単に言えばこんな感じです。
さらに単純な言い方をするならば『あるファンサイトを立ち上げるとき、そのアンチからの批判というリスクを許容しなければならないの?それは良いことなの?』という話です。
2008/06/11(水) 08:05:52 | URL | rag #qbIq4rIg[ 編集]
あるアンチサイトを立ち上げるとき、そのファンからの批判というリスクを許容しなければならないの?それは良いことなの?
2008/06/11(水) 14:31:07 | URL | ひーらぎ #-[ 編集]
ragさんの考える”生きたルール”が「同意のみOK」なルールだと仮定すると、
「で、その根拠は?」とか『あるファンサイトを立ち上げるとき、そのアンチからの批判というリスクを許容しなければならないの?それは良いことなの?』とかいう疑問もNGになってしまうのでは?
「で、その根拠は?」とか『あるファンサイトを立ち上げるとき、そのアンチからの批判というリスクを許容しなければならないの?それは良いことなの?』とかいう疑問もNGになってしまうのでは?
2008/06/11(水) 17:00:30 | URL | たこぽん #-[ 編集]
ragさんへ横レスですが
>ルールの根拠にルール(法)を用いる事自体、あまり意味があるとは考えられません。
じゃあragさんが考える意味のある根拠って何?
>「批判の対象となる」というルールのシビアさは、その趣味的なヌルい楽しさを殺す
自分が楽しければいい!って事なのかなー。
著作権法もシビアだし、カビの生えたルールだから
守らなくってもいいんじゃね?って主張?
>ルールの根拠にルール(法)を用いる事自体、あまり意味があるとは考えられません。
じゃあragさんが考える意味のある根拠って何?
>「批判の対象となる」というルールのシビアさは、その趣味的なヌルい楽しさを殺す
自分が楽しければいい!って事なのかなー。
著作権法もシビアだし、カビの生えたルールだから
守らなくってもいいんじゃね?って主張?
2008/06/11(水) 19:10:40 | URL | ジャイアン #-[ 編集]
>ネットが一般化し、そういう敷居の高さが取り払われ、趣味的なヌルい使い方・楽しみ方ができるようになった
まったく同意ですね。
昔は主に書籍など商業的な敷居の高いものしかなかった「批判」ですけど、今は趣味的なヌルい「批判」や、敷居の高くない「批判」も、ネットの一般的な使い方・楽しみ方ですもんね。
……はて?
どうしてカビが生えてるんだろう?
まったく同意ですね。
昔は主に書籍など商業的な敷居の高いものしかなかった「批判」ですけど、今は趣味的なヌルい「批判」や、敷居の高くない「批判」も、ネットの一般的な使い方・楽しみ方ですもんね。
……はて?
どうしてカビが生えてるんだろう?
・ひーらぎさん
あるファンサイトを立ち上げるとき~の場合と同様、リスクの許容を強いられるのであれば、良いことだとは思えません。
・たこぽんさん
>ragさんの考える”生きたルール”が「同意のみOK」なルールだと仮定
そのようには考えていないので。
http://b.hatena.ne.jp/rag_en/20080608#bookmark-8880260のブコメでも少し書きましたが、僕は例えば”はてな村”に代表されるような議論だとか批判だとかが盛んに行われる文化圏(やその価値観)も価値があるものだと思います。しかし一方で、そうではないものも価値があるものだとも思っています。はてな村のような在り方がWEBサイト全てに適用されるわけではありませんし、人目につく場所におかれているという事実が、批判の対象となる条件にはならないと考えます。
・ジャイアンさん
>じゃあragさんが考える意味のある根拠って何?
そのルールを制定・適用する、理屈の通った妥当性といったところでしょうか。
>自分が楽しければいい!って事なのかなー。
原則的にはそうですね。(書く必要ないかもしれないけど)ただしもちろん、楽しいからと言って何でも許されるわけではなく、例えば他人の個人情報を無断で載せる等の行為を認めるわけではありません。
>著作権法
も、どうにかすべきだとは思いますが、残念ながら僕にそれを語るだけのキャパが今はないので…。すいません。
・otsuneさん
趣味的なヌルい「批判」が一般的な使い道から除外されているとは書いていません。誤読か脳内補完かだと思います。趣味的なヌルい「批判」もサイトを楽しむ手段のひとつです。
ただし、趣味的なヌルいサイトに”対する”批判は、ネットが一般化する以前のように、人目につく場所におかれているという条件のみで行ってよいものではないと言っています。それを念頭に置くという前提であれば、「批判」を楽しむのもアリだと思います。
あるファンサイトを立ち上げるとき~の場合と同様、リスクの許容を強いられるのであれば、良いことだとは思えません。
・たこぽんさん
>ragさんの考える”生きたルール”が「同意のみOK」なルールだと仮定
そのようには考えていないので。
http://b.hatena.ne.jp/rag_en/20080608#bookmark-8880260のブコメでも少し書きましたが、僕は例えば”はてな村”に代表されるような議論だとか批判だとかが盛んに行われる文化圏(やその価値観)も価値があるものだと思います。しかし一方で、そうではないものも価値があるものだとも思っています。はてな村のような在り方がWEBサイト全てに適用されるわけではありませんし、人目につく場所におかれているという事実が、批判の対象となる条件にはならないと考えます。
・ジャイアンさん
>じゃあragさんが考える意味のある根拠って何?
そのルールを制定・適用する、理屈の通った妥当性といったところでしょうか。
>自分が楽しければいい!って事なのかなー。
原則的にはそうですね。(書く必要ないかもしれないけど)ただしもちろん、楽しいからと言って何でも許されるわけではなく、例えば他人の個人情報を無断で載せる等の行為を認めるわけではありません。
>著作権法
も、どうにかすべきだとは思いますが、残念ながら僕にそれを語るだけのキャパが今はないので…。すいません。
・otsuneさん
趣味的なヌルい「批判」が一般的な使い道から除外されているとは書いていません。誤読か脳内補完かだと思います。趣味的なヌルい「批判」もサイトを楽しむ手段のひとつです。
ただし、趣味的なヌルいサイトに”対する”批判は、ネットが一般化する以前のように、人目につく場所におかれているという条件のみで行ってよいものではないと言っています。それを念頭に置くという前提であれば、「批判」を楽しむのもアリだと思います。
2008/06/12(木) 07:04:03 | URL | rag #195Lvy4Y[ 編集]
>ルールを制定・適用する、理屈の通った妥当性
その理屈の妥当性を決めるのは誰?
個人でも世論でも何でもいいので
具体的に示してもらえないでしょうか。
ちなみに自分は著作権法第三十二条(引用)
は根拠として妥当性があると感じます。
(次エントリにある表現・言論の自由も含めて)
>楽しいからと言って何でも許されるわけではなく
その許されない範囲というのはどうやって決めるのですか?
「公表されている言論が批判の対象にならない条件」って何?
その理屈の妥当性を決めるのは誰?
個人でも世論でも何でもいいので
具体的に示してもらえないでしょうか。
ちなみに自分は著作権法第三十二条(引用)
は根拠として妥当性があると感じます。
(次エントリにある表現・言論の自由も含めて)
>楽しいからと言って何でも許されるわけではなく
その許されない範囲というのはどうやって決めるのですか?
「公表されている言論が批判の対象にならない条件」って何?
2008/06/12(木) 10:46:43 | URL | ジャイアン #-[ 編集]
>その理屈の妥当性を決めるのは誰? (以下略
「理屈の妥当性」じゃなくて「理屈の通った妥当性」です。
ですから、そのルールの妥当性の説明に「○○法に書いてあるよ!」というような方法をとるのではなく、理屈を用いてくださいねー、という話です(でないと理屈によるやりとりができない)。
「理屈の妥当性」じゃなくて「理屈の通った妥当性」です。
ですから、そのルールの妥当性の説明に「○○法に書いてあるよ!」というような方法をとるのではなく、理屈を用いてくださいねー、という話です(でないと理屈によるやりとりができない)。
2008/06/13(金) 06:45:22 | URL | rag #195Lvy4Y[ 編集]
>「理屈の妥当性」じゃなくて「理屈の通った妥当性」です。
だから?誰が決めるの?
って聞いてるのになんで答えられないの?
あと、「公表されている言論が批判の対象にならない条件」って何?
って質問もスルーなんですけどなんで?
だから?誰が決めるの?
って聞いてるのになんで答えられないの?
あと、「公表されている言論が批判の対象にならない条件」って何?
って質問もスルーなんですけどなんで?
2008/06/13(金) 08:46:17 | URL | ジャイアン #-[ 編集]
なんか難しく考えすぎてないですか?
公表された記事を批判する権利は表現の自由が十分根拠になると思うのですが
公表された記事を批判する権利は表現の自由が十分根拠になると思うのですが
2008/06/13(金) 11:46:15 | URL | #-[ 編集]
>趣味的なヌルい「批判」もサイトを楽しむ手段のひとつです。
>それを念頭に置くという前提であれば、「批判」を楽しむのもアリだと思います。
なるほど。
ネタの応酬もネットの楽しみ方だし、ヌルい交流を肴に真剣な議論をするのもネットの楽しみ方ですよね。
ぞんぶんに「批判」を楽しむのもアリですよね。
……はて? 批判をしちゃいけない条件ってなんだったんでしょ?
>それを念頭に置くという前提であれば、「批判」を楽しむのもアリだと思います。
なるほど。
ネタの応酬もネットの楽しみ方だし、ヌルい交流を肴に真剣な議論をするのもネットの楽しみ方ですよね。
ぞんぶんに「批判」を楽しむのもアリですよね。
……はて? 批判をしちゃいけない条件ってなんだったんでしょ?
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
「ドジっ子Watcher-無断言及禁止とかいう人は著作権法を100万回くらい読み直せ」 *TB送ってみました。押忍! 全く同意。 無断リンク禁止って、数ある「Webだからって勝手に使うな論」の中でも、 流石にそれは議論の余地なく、「原則として無断リンクあり」だと思う。 そも
2008/06/11(水) 01:58:43 | Gavagai+
極端なこと言えば批判されたくないなら記事書かなきゃいいんですよ。 ブログのコメントやソーシャルブックマークのコメント、リンクを一方的な攻撃だと主張する人々。 ブログのコメントやソーシャルブックマークのコメント、トラックバックにリンクを一方的な攻撃だ!という
2008/06/11(水) 19:15:40 | 最終防衛ライン2
前回の記事のコメント欄においてrag_enさんからコメントを頂いたのでそれに関して考察・反論してみることにする。
ただ、素直にその条項を...
2008/06/11(水) 22:39:57 | ドジっ子Watcher
| ホーム |