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- 2013年04月04日12:00 / カテゴリ:海外の反応
- 「旧約聖書で貧しい人が命をつなぐための権利として認められている慣行」海外の反応ツイート
Comment by
今日学んだこと
聖書では農家の人間は農作物をすべて収穫するのではなく、一部を貧しい人のために残しておくようにと書かれている。
そしてこれが現代でも慣行となっている地域が一部存在する。
<麦の落穂拾い>
当時、『旧約聖書』の「レビ記」に定められた律法に従い、麦の落穂拾いは、農村社会において自らの労働で十分な収穫を得ることのできない寡婦や貧農などが命をつなぐための権利として認められた慣行で、畑の持ち主が落穂を残さず回収することは戒められていた。
落穂拾い
<レビ記>
レビ記 23:22
あなたがたの地の穀物を刈り入れるときは、その刈入れにあたって、畑のすみずみまで刈りつくしてはならない。またあなたの穀物の落ち穂を拾ってはならない。貧しい者と寄留者のために、それを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である』」。
レビ記
reddit.com/r/todayilearned/comments/1bhdkb/til_laws_mentioned_in_the_bible_required_farmers/
Comment by a_pet_fish 0 ポイント
無神論者にチェックメイト
※海外のコピペです。
https://livedoor.blogimg.jp/drazuli/imgs/1/1/1136feed.jpg
Comment by godiebiel 0 ポイント
聖書が共産主義だとか燃やすべきだね!
Comment by Amryxx 0 ポイント
↑自分が汗水たらして働いたことからなんでただで物をせびる奴が利益を受けるんだって話だな。
オバマには感謝しないと。
Comment by javastripped -2 ポイント
キリスト教徒が全員きちんと聖書読んでいる世界は素晴らしいものになりそう。
Comment by wilber2k 282 ポイント
ちなみに律法では借金は7年で時効を迎えるってことになってる。
Comment by ComteDeSaintGermain 2 ポイント
↑現代のユダヤ人はこの律法に従ってるの?いや、真面目に。
金融部門にはユダヤ人が多くいるからさ・・・
15:1
あなたは七年の終りごとに、ゆるしを行わなければならない。
15:2
そのゆるしのしかたは次のとおりである。すべてその隣人に貸した貸主はそれをゆるさなければならない。その隣人または兄弟にそれを督促してはならない。主のゆるしが、ふれ示されたからである。
15:3
外国人にはそれを督促することができるが、あなたの兄弟に貸した物はゆるさなければならない。
15:4
しかしあなたがたのうちに貧しい者はなくなるであろう。(あなたの神、主が嗣業として与えられる地で、あなたを祝福されるからである。)
申命記(口語訳)
Comment by furnatic 193 ポイント
たしか「パネラブレッド」がこう言った事をやっていたはず。
その日売れ残ったパンをホームレスの人に与えてる。
Comment by Joghobs 20 ポイント
↑確かそう。ただそこで働いてた俺の友人が処分する前にパンを自宅に持って帰ろうとしてたからクビになってた
※「パネラブレッド」はアメリカで有名なベーカリーだとのことです。
Comment by neomagtyler 103 ポイント
メキシコのお年寄り曰くこういうルールがあるんだと。
「たとえ実ったとしても3つは収穫せず置いておくこと。1つは鳥のために、1つは弱った旅人のために、1つは主のために」って。
Comment by Karma_Inc 11 ポイント
↑これ良いな。
Comment by JZ_212 3 ポイント
↑なかなか良いルールって感じだよね。
Comment by CastleUnion -2 ポイント
その後、自分の農場に入ってきた見知らぬ人間を泥棒だって言って射殺するんですね分かります。
Comment by eshemuta 1 ポイント
一部の農場では機械で収穫しきれなかった分を他の人が収穫しに来ることを許しているところがある。
ただそれがどういう名称のチャリティーだったのかっていうのが思い出せん。
そんなに活発なチャリティーではなかったはず。
Comment by GoatWolf 1 ポイント
聖書がまともなこと言ってる
Comment by jberd45 1 ポイント
これと同じことが18世紀の北欧諸国でもされてた。
農場を地域が共同して管理する形態から個人の所有地になっていった(事からこの慣行はなくなったけど)
※()内は分かり易いよう管理人が勝手に付け足したものです。
Comment by Pastordan23 1 ポイント
その律法の中には七年に一回は農場を「休息」させないといけないというものもあった。
実際土壌の肥沃度を回復させる方法としてはいい手段だと思うね。
出エジプト記 23:10
あなたは六年のあいだ、地に種をまき、その産物を取り入れることができる。
出エジプト記 23:11
しかし、七年目には、これを休ませて、耕さずに置かなければならない。そうすれば、あなたの民の貧しい者がこれを食べ、その残りは野の獣が食べることができる。あなたのぶどう畑も、オリブ畑も同様にしなければならない。
出エジプト記
Comment by imnoking 1 ポイント
中東のヨルダンでは農家の人間は農地の端の方に実った作物は収穫しないことが常。
そして実った作物を必要とする人間が収穫する。
これはヨルダンでされていることのほんの一例。
Comment by i_am_judging_you 1 ポイント
これイスラエルでは今でもされている慣行だな。
Comment by GiladF 2 ポイント
イスラエルのユダヤ人だけどここでは聖書(ただし旧約聖書のみ)を勉強することが義務付けられている。
卒業のための要件の一部みたいな感じかな。
ただ変な風に理解しないでほしいんだけど聖書から学んでいると色々驚くようなことがあるよ。
例えば自由や平等なんて言うのは聖書では言及されているし、律法では奴隷制度というものを禁止している。
個人的には聖書は学ぶに値するものだと思う。
※調べてみましたが律法の中でも奴隷制度自体は認められていたようです。
15:12
もしあなたの兄弟であるヘブルの男、またはヘブルの女が、あなたのところに売られてきて、六年仕えたならば、第七年には彼に自由を与えて去らせなければならない。
15:13
彼に自由を与えて去らせる時は、から手で去らせてはならない。
15:14
群れと、打ち場と、酒ぶねのうちから取って、惜しみなく彼に与えなければならない。すなわちあなたの神、主があなたを恵まれたように、彼に与えなければならない。
15:15
あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主があなたをあがない出された事を記憶しなければならない。このゆえにわたしは、きょう、この事を命じる。
申命記(口語訳)
Comment by BLAZINGUNS 0 ポイント
この律法の真の目的は輪作をすることにあると見た。
Comment by throwaway_architect 1 ポイント
これって土壌にとってもかなり良いことだよね。
果実が落ちて腐るとそれによって土壌が肥沃になるし。
Comment by rendevouspoo 2 ポイント
テネシー州に住んでる人間だけどこれ今でもやってるぞ。
隣の人は農地の作物を少し残しておいて一般に開放してる。
テネシー州じゃほとんどの農家がこれをやってるわ。
お前らが思っているほど南部は酷い所じゃないってことだな。
Comment by ortcutt 27 ポイント
アニエス・ヴァルダ監督の「Les glaneurs et la glaneuse」(英題:The Gleaners and I)は落穂拾いを題材にした良い映画。
http://www.imdb.com/title/tt0247380/
Comment by atldbird23 2 ポイント
↑これはお勧め!
ミレーの名画『落穂拾い』を出発点に、アニエスが‘もの拾う人々’の姿を追いかけながら、好奇心の赴くままにフランス各地の表情を自ら撮影したウィットに富んだ本作は、ドキュメンタリーの新しい地平を開いたと評価されました。
新作『二年後』では、『落穂拾い』に世界中から寄せられた反響、そして作品に登場した人々のその後の姿がポップに描かれます。『落穂拾い』で象徴的な存在として登場した、ハート型のジャガイモも芽が噴き出て、キュートな姿を見せています。
落穂拾い・二年後
Comment by abr0414 22 ポイント
これノースカロライナ州じゃまだやってるわ。
そこで実った豆とかトウモロコシは一定の割合で収穫しないままおいておくんだ。
Comment by YolkoOhno 17 ポイント
キリスト教徒だけど「今日学んだこと、聖書では~」ってスレ立てする人を見るとなんか変な気分になる。
Comment by mushroomchow 1 ポイント
このスレ「無神論者板」の連中には見られないようにしろよ。
あいつら宗教に関することはどんな良いことであっても毛嫌いしてんだから
Comment by John_Arch 2 ポイント
これルツ記にも同じようなことが書いてある。
ルツ記 2:2
『モアブの女ルツはナオミに言った、「どうぞ、わたしを畑に行かせてください。だれか親切な人が見当るならば、わたしはその方のあとについて落ち穂を拾います」。ナオミが彼女に「娘よ、行きなさい」と言ったので、』
あとこっちも
ルツ記 2:8
『ボアズはルツに言った、「娘よ、お聞きなさい。ほかの畑に穂を拾いに行ってはいけません。またここを去ってはなりません。わたしのところで働く女たちを離れないで、ここにいなさい。』
『ルツ記』はヘブライ聖書におさめられたモアブ人女性・ルツの物語。『十二小預言書』を一書と考えた場合、『ルツ記』は旧約聖書でもっとも短い書である。
『ルツ記』は、異邦人であるルツがダビデ王にいたる家系の中で重要な役割を果たすことを語ることで、救いの歴史において「自らの民」ユダヤ人にとらわれない神の意図の壮大さを語っている。ルツは日本正教会ではルフィと表記される。
ルツ記
Comment by Sweepy01 3 ポイント
うちの先生がは子供のころイタリアでホームレスとして育ったんだけど、近くの農家の人がいつも作物を先生の家族に分けてくれてたって話してくれたことがある。
すごく胸が温かくなる話だった。
Comment by kristbowels 3 ポイント
別に全然重要なことじゃないんだけど、このスレのソースが聖書じゃなくてウィキペディアだっていうのが良かった。
Comment by jongardner24 0 ポイント
この律法の「貧しい人間に直接施しを与えるのではなく、貧しい人が自分自身で収穫をするように」っていう裏の考えは良いと思う。
今の政府もここから1つ2つ学ぶことがあるだろう。
貧しい人間を政府のばらまき政策に依存させるんじゃなくてさ。
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そういう宗教的意味があったからなのか
余り好きじゃない宗教だわ
なんと、本当にそのように貧しい者がすることを許されていたとは・・・
そして、貧困者を農場で雇うとか、貧困を積極的に解決しようという話でもない(恐らく無理だから)
現代でも貧困を取り除くのは不可能だろう
人類が今も昔も抱えてる問題
遠い未来、もし貧困が解決されるようになったら、その時代には宗教は必要なくなるかなあ
>15:3
>外国人にはそれを督促することができるが、
>外国人にはそれを督促することができるが、
>外国人にはそれを督促することができるが、
>外国人にはそれを督促することができるが、
>外国人にはそれを督促することができるが、
戦時中には都会から来た農業に不慣れな人間が農家の手伝いとしてよくやっていた。
しかし、キリスト教徒でも聖書をまともに読んでいないんだな。読めよあれぐらい。
仏典なんか五部大乗経だけで法華経8巻、涅槃経40巻、華厳経80巻、大集経60巻、大品般若経30巻もあるんだぞ。
自分からあげるならまだしも、残しておくってことはまるで貧乏人が盗んでいくみたいじゃないか
ただ地区によるけど柿はちゃんと採っておかないと猿や熊が山から下りてくるから注意
ここに挙がってるのもその一例だろう
でも、逆だって沢山ある
未亡人になった兄嫁と結婚してやれとか、反抗的な息子は殺せとか当たり前のように書いてる
タコやイカ食っても駄目だからな
旧約にしろ新約にしろ、聖書はあくまで当時の民族、聖職者の事情に合わせて書かれたもんだ
旧約はユダヤ人が何とか生き残るために生み出された「当時の」ユダヤ人のための戒めだし、新約はイエスが実際に説いた事はとても少なくて、派閥争い繰り広げた弟子達が状況に応じて都合良く引用、解釈して語ってるのが多い
だからって全否定しなくていいけど、現代ではどういう解釈になるのか考えないといけない
>外国人にはそれを督促することができるが、あなたの兄弟に貸した物はゆるさなければならない。
これは、外国人差別でレイシストだと言うやつがいるよな。
どっかの国のクリスチャンは聖書も読まないクズばかりなのか。
あんた、どんだけ料簡が狭いんだよ(呆)。
他人の畑の落ち穂を拾うのは、自分の畑を持っていない人にとっては、当然の権利として認められていたの。
自分に権利のあるものを、どうやったら盗めるって言うの?「いや、別に自分は拾う気なんてないよ」と権利放棄はできるだろうけど。
重労働ができなくなった怪我人や独り身の年寄への救済措置っぽいもんだったかな
直に施すより、彼らができる範囲の労働をはさんで現物支給の報酬になるらしい
現在も行ってる地域あるんだな
日本の場合だけど、果樹は古くから「木守り」といって、果物を収穫せずに残す風習がある
来年も豊作になるようにするためのおまじない。もちろん鳥や獣が勝手に食べていい分。あと腹が減って困っている人の分
道祖神のお供え物や墓の供物も、子供と餓えた旅人や生活が苦しい人は食っていい分だって俺のばっちゃが言ってた
どこの文化でも原始的な福祉の概念は一応あるんじゃねぇのかなぁ
イスラエルの発行するアメリカドルを使い
イスラエルの経営する大企業の商品を買い
イスラエルの管理するFRBにドルを操作され財産を奪われる
イスラエルの利益の為に戦争を起こし
イスラエルの利益の為に殺し殺され
イスラエルの利益の為に世界中の人々から虐殺者と罵られる
イスラエルの利益の為にテロが発生し
イスラエルの国籍の者だけが助かり
イスラエルの利益の為に殺され憎悪を抱く
イスラエルの利益の為に科学的な実験食品を食い
イスラエルの利益の為にモルモットとなり
イスラエルの利益の為に健康被害を被る
イスラエルの利益の為に公的保険制度がなく
イスラエルの利益の為に保険がおりず
イスラエルの利益の為に医療費が払えず死ぬ
アメリカ人はそれらを愛国心と呼ぶ
相対的貧困って概念がありましてな。
今じゃどんな貧乏人でもカロリーベースで飢えるということはない。
望んでホームレスにでもならない限り、風呂のあるシェルターや
冷暖房完備のワンルームくらいにはナマポでも住めるわけ。
しかし車が持てない、まともな暮し(その時代の水準で)ができない、
という貧困の問題はこれからもあるだろうな。
その理由を伝統とするか神様とするかの違いかな。
広範囲に布教されたと言っても、やはりキリスト教も民族の伝承なんだから。
これらに共通する特徴は
全てファンタジーという点
こういうものは権利として主張されるべきじゃないと言っているんだ
あくまで畑の持ち主が好意で与えるべきだと思う
当然の権利とか言われて堂々とされるとイライラする
違う、七年目は安息年
ヨベル年は7×7の次の年だから50年目
実際に行われていたという証拠は無い
何のために新約があるんだって
それともパウロさんディスってんのか?
資本主義の社会保障に近いような気がする
日本人的な感覚としては分かるよ。
けど、キリスト教的な価値観としてはまた別なんだろうというのも理解せんと。
聖書でそう規定してあるのならそれは実際そう
古代ユダヤ教の戒律では相手がユダヤ人と非ユダヤ人である場合の
ダブルスタンダードが結構ある
ユダヤ人に利子をつけて金を貸してはならないが
外国人にはOKとかね
ただこれをレイシズムだというのは当らない
そんな理論がまかり通るならアファーマティブが憤死する
ご都合主義
当時の感覚では貧しい人々など美の対象から程遠かった。
西洋の絵画は、ギリシャ・ローマ神話や聖書を知らずに見るのと、知ってみるのとではずいぶん見え方が違ってくる。
ここだけ読むとプチ共産主義っぽく感じる。
てことは小遊三師匠はキリスト教徒か
ただ引用の箇所で言ってる奴隷ってのは
金に困窮したユダヤ人が他人の家で召使になって働くような状況であって
金で売り買いされる奴隷のことを言ってるんじゃない
聖書の奴隷っていう訳自体が余りよくない
まあ確かにユダヤ人を海外に売り飛ばすこと自体は禁止されている
そもそも畑も土地もそこからの収穫物も神のものだという考えがあるんだよね
共産主義っていうか単純に社会福祉かな
社会的弱者は救わなければならないって戒律があって
畑の一部の作物を残すのもその一環にすぎない
いや、働けない人間を食わせるための律法だからね
古代のナマポ
共産主義が不労所得を批判する為に生み出した標語である
内集団と外集団に対して適用するルールが違うなんてどの社会でもあるのに
それをレイシズムというのはくそもみそも一緒にしすぎ
貪りすぎるなという戒めだろ
ほんとうは金持ちほど無駄と消費をするべきなんだよ。
ちゃんと聖書に記されている事だったんだね。
今はちゃんと小学校で教えるのかな?
日教組優先でプロレタリア文学大好きの先生でも
なんか頓珍漢な事言ってたよ、昔は。
右翼は能無しのクズ、左翼は似非インテリのクズと
家の口の悪いジジイ共に教え込まれて育ったけど、
ネットを見てるとこの頃つとにそう思うわ。
自分は、美術の教科書か何かでチラッとだけ解説を見た記憶がある。
「写実主義 = 絵的な美化を排除して現実をありのままに描く」みたいなコンセプトだから、
それまでの風光明媚な景色画や美男美女のドラマチックなやりとりを描いた神話画なんかと違い
下層の労働者や貧農の生活などが題材にされているものも多い、って感じで。
収穫後に残った落穂拾いが施しとして貧民に与えられた権利だった
つまり落穂拾いをする人=社会の最下層に位置する人々、というのも、そこで触れられていた。
そういう絵だったのか。
あと日本でも江戸時代の飯研ぎ係りは釜からこぼれた米を貰えるから、
多めに入れて派手にかき回して米をもらってたとか。それも似たような思惑があるのかもな。
いわばロックよ
お墓やお地蔵様へのお供え物は結果として同じ役目を果してるんじゃないかなあ?
しかし割と周りが世話を焼いて、次男坊三男坊など土地のない男子(あぶれた奴の処理で)を婿にいかせたり
嫁にいってた場合は出戻りで実家が面倒みたり
戻らずともその家の労働力として必要とされたり
日本の場合は家重視なんで身寄りのない寡婦なんかは少ないんじゃないのか
最近みないけど
くれば施してたぞ
中国もたしかあったかな
仏教だと、乞食の中には文殊菩薩が混じっているから疎かにするな。
施しでも上から目線ではなく、自分が善行をさせてもらうんだと思って渡せ、と言っているな。
また、生活のために坊主の格好をしている人間も功徳だから許せとか。
偽坊主は今でもいるし、気づくこともあるが(その人の生活のためだと思い)黙って渡している。
ヤハウェにとって気に食わない存在であること自体が悪なんだ。
奴は悪の組織の首領も真っ青になるくらいの気まぐれで癇癪を起しては信者を殺してるからね。
他民族に対しては凄いよ。
なんてったってナチさえ達成できなかった民族浄化を旧約聖書ではやっているんだ!
そう。イスラエルがパレスチナの土地を奪ってやり続けていることがまさにそれなのさ!
この聖書の教えでは奴隷の反乱を防ぐことはできないよ。(最後はフランス革命のように貴族は倒される)
それを解決するために、土地や財産に税金と言う制限を課して現代社会は成り立っている。
税金を無駄遣いしすぎて重税になると、働くのがアホらしくなり戦争で富がリセットされる。
未だに不思議でならないんだけれども。
聖書に書かれてない時間の流れが存在するのかな。
仮想的に年齢や性別を持ったりこの世にいる神だったりあの世にしかいない神だったり人格を持っていなかったり。
小麦やトウモロコシは連作できたっけ?
全ては神によると何も考えない予定説もキリスト教の一派だったような。
奴隷を認めている神を崇めるのはどうだろう。古代なら戦争や借金未返済で奴隷層に落ちるというのは聞いた。
お金を貯めれば奴隷層から復帰できるとか。
絵画は構図からして意味を持っていたりするので詳しい人たち以外は「ああ、すばらしい」位でいいのではないかと思われる。
無神論的日本人としては、クリスマスみたいなお祭りや、こういう習慣的なのは何となく好きだ。
無慈悲でアホくさいのは無視するけど。
大豆を撒く時は3粒ずつって話を思い出したよ。
1粒は鳥、もう一粒は畑のため、残り一粒が発芽すればいいってやつ
お供えは、高度成長期前までは、手を合わせた後、回収してたよ。
農民とも無関係な貧乏人が拾ってるの?
そもそもその言葉自体聖書の引用なんですがそれは……
聖書って一冊の本と捉えるよりも、作品集とかライブラリと考える方が適切かもね(´・ω・`)
創世記→出エジプト記辺りまでは読み物として面白いけど、申命記、民数記辺りになると行政文書っぽくなるしw 豚喰うなって話だって、中東なら豚より羊喰う方が早いしね。
現代から考えるとナンセンスなことも、当時ではそれなりに納得出来ることが多かったのだろうと想像。
流産して産まれて来なかった子どもへの洗礼して、悼みたい。って感情に対応するために、妊娠した時点で人間と教会が解釈することにする。洗礼の対象となるし、教会として終油も可能だし、葬儀もできますよ。って話だったみたいですし。これってとても自然な話だと思うんだけどね。
村落共有の田んぼは飛騨の辺りにまだ残ってるかなー。氏神様への奉納用として使うお米を育てるとか。
あと、里山などの入会地も戦前までは残ってたと思います。現代だと、自治会や町内会の所有って形で登記されてるパターンが多いかと。
水や、薪炭、あとは漁場なんかはコモンズとして共同体管理されるパターンは現代まで残っていますし、水利権や、漁業権なんかスゲー強いですよね。
旧約聖書ってのはキリスト教じゃなくてユダヤ教の経典の事だぞ。
両者共インテリ。
貧しい奴らが食えることで余計な犯罪、暴動、革命に比較的手を出さない、団結しないようになる。
権威(聖書)を理由にすることでそれらの行いにある種の清潔感、善性を持たせることが出来る。
結果、罪悪感を持たずに貧しい連中(家畜人間)をコントロールできる。
旧約は古代ユダヤ民族の宗教。新約は分派と言うか新興宗教。
イエスは貧しい人達に、厳しくも手を差し伸べてる。
後にキリスト教が広まったのは、大部分が貧乏人だからだと思う。大衆の方が多いから。
何も持たない人達は鞍替えしやすい。ハイカラに染まった大名金持ち除く、隠れ切支丹の村もそう。
日本やインドの様な基盤があった国や、中国の様な支配者が采配したい場合は無理。
ユダヤ人はイエスによって、持ってた物を壊されるのが嫌だったんだろうね。
中身は兎も角、その部分は理解出来る。
正しくは新約聖書、「テサロニケの信徒への手紙・その二」第三章第十節にある言葉ですよね。
そういう、知らない人が本気にするかもしれない冗談を言うのは、やめたほうがいいですよ。
ユダヤ人にとって、聖書は「律法の書」ですから、正しく貴君の言う通り。
キチガイの片鱗を見た・・
エホバさんはノア以外の全人類を大洪水で大虐殺した全知全能のパネェ神さまです。
このパネェ神さまがユダヤ教信者のマリアさんに産ませたのがキリストさんですね。
マリアさんが妊娠した時、「エ、エホバさんの子を身ごもっちゃったわ!パネェぜ!」
・・・みたいな事を言ってみたら、周りのユダヤ教徒達はなぜかみんな信じちゃった。
こうして『神の子イエス』は誕生いたしました。
パネェっすね。
一日中あんな姿勢でいたら確実に腰が痛くなるだろうな
キリスト教はそのユダヤ教の一派だったわけで、旧約聖書と新約聖書の双方が経典だと思ってたけど、違ったかなぁ?
日本の古事記なんかを見ても、人間にとって食物がどんだけ重要だったことか
当たり前だろ
文化の決定的中心だった
あ、間違えた。人名ね。
紀元前3000年のエジプト文明からある。
発掘された文字からは頻繁に、「奴隷を家へ帰すよう、全国民に命令する」
というような文が定期的に出されていた。
旧約聖書は少なくとも2000年後のもの。
絵画と一緒に宗教の勉強ができると思って前向きに捉えればいいじゃない。一粒で二度おいしいみたいな。
キリスト教が嫌いだからこの行いに意義を認めないとか反対するという人は教条主義的でつまらないね。その行いの善悪を結果ではなく出展に求めるのだから、自分の頭で考えるのを放棄している。まだ共産主義だとでもこじつけている人のがマシなぐらい。
あの時代のイスラエルでは、社会福祉の意味で、農具を使わずに素手で麦を摘むぶんには畑泥棒にはならなかったらしい。パリサイ派の奴らはイチャモンつけてたけど。
キリスト教世界では普通に皆知ってる事だと思ってた。
あっちでも「今日学んだこと」って
どや顔できるような知識だったって事に驚き。
イスラエルの人が勉強するのも過去の習慣を知るってことだろうな。
日本で言えば日本史というより古文か。
全部採り尽くすことはしないってのはいまだにある。
てか自分もそうしてる
意味合いはちょっと違うか。
お地蔵さんやお墓へのお供え物は孤児が食べる為に置いてたって聞いた事がある。
為っていうか黙認、暗黙の了解?ってな感じかもしれないが。
16世紀以降の市民革命が起きるとようやく人権が生まれた。
宗教は心の中だけにして、法律で人々守るように人類は進化したんだから。
五部大乗経も聖書も読んだのよ、一応。
文語文で読んだ方が面白みは増すと思う。聖書は文語文の出来も人によりけりだけど。
こんな屁理屈に対する模範解答はとっくの昔に完備されてるんだろうけど、それにしても酷い全知全能だ。
6年後半の取立てハンパねぇッスwww
すごいねえ!
訳によっても読みやすさは全然違うよね。すでに刊行されてる旧約聖書のお勧めとかある?
ちなみに新約聖書はもらいものを持ってる。
ごめん、旧約は今手元にないんだ。
新約は文庫本なので傍にあるんだけど(聖書協会聯盟刊行)、戦前の物で古書店で購入した。
新約の福音書だけが岩波文庫にも出ているけど、あれでもいいかもね。
自分は仏教徒だけど読んでみた。ただ、岩波の福音書の解説者は学説が独自の面があるらしい。
キリスト教徒の人によると、鵜呑みにしない方がいいとか。
いや、ありゃ、「安息日なのに収穫っていう労働しやがったぜー」ってイチャモン。
イエスが「人の為に安息日があるのであって、安息日の為に人がいるのではない」
って切り返した。あの時代にパンクな人だ。
しかし何で海外の人は無神論者を敵視するかね?
神がいない事を納得する為には、神について学ばにゃイカンだろう。それで聖書も
お経もコーランもヴェーダもサガも読む訳よ。古事記もね。
そんなにチェックメイトしないでよw
イスラム法ってのがあるだろ、あれが大体旧約聖書の通りの法律なんだよ
旧約聖書を経典にするのはユダヤ教・イスラム教、新約聖書を経典にするのはキリスト教のみ
新約聖書と言うのは神との新しい契約であり”新しい法律”
キリストは古い法律のままで用を成さなくなった、旧約聖書の大筋はそのままに
時代の要請に合わせて法律を変える事にした、それが現代の立法機関であり各国の法律の元となった
従って、「私は神を信じない」と言う事は、「私は法律を守りません」と言っているのと同じ事だと言う事
問題は宗教を利用して腐らせてる奴等であってorz
(大抵は「何故そう言ったか」ではなく「書いてある事」の拡大解釈による悪用だと思われる)
現代においてはおよそ腐ってる割合の方が高いと思われるなorz
まぁ、性善説に付け込む性悪供なんだが。
本当に法律の悪用には重罰が必要だと思うよorz
宗教関係のは「善い」と思った部分を心に留めておけば問題ないな。
余談、「7年毎の許し」みて「3日の掟」思い出したorz
あれは「逃げ切れば無罪」の方だがorz
琴線に触れた人が多かったのか。
それにしては悪魔の持つ大鎌の話が全然出てこないな。
知っといて損じゃないからね。彼らの考え方を外からでも知ることができるわけで。
聖書を読んだからといって、自分の宗教というかスタンスを捨てることを強要されるわけではないし。
単に読み物としても楽しめるってのもあるかな。自分は読破できなかったけど。
そう言ってる偽善者ほど世界侵略に躍起になってると聖書では教えないのか?
今まで知らなかった
異教徒をぶっ殺すのは善であるという教え、これも極悪だ。
西洋の宗教から導かれる結論、それは、
『殺戮こそが正義』
パネェっすね。
神ってのは人類と同レベルっすね。
俺は西洋の神に同意できないな。
遺憾の意を発動するよ。
結構いいこと書いてあるから
伊達に二千年以上残ってない
――無知な者も黙っていれば知恵があると思われ、唇を閉じれば聡明だと思われる
とかね
・安息日に働くと死刑
・畑に二種の種を蒔いてはならない。二種の糸の交ぜ織りの服を身につけてはならない。
・豚は汚れた動物(触ることもだめだからアメフトできない)
とか、同性愛ももちろんだめだし
今の解釈で読むと、いいこともすごく悪いことも書いてある。
まあそれがいろんな宗教の教えなんだけどね
昔の「新世界紀行」がエルサレム特集をやった時、取材班が安息日のユダヤ人居住区を撮影してたら、
住民が家からゾロゾロ出て来て「今日は安息日だから、お前達も仕事をしてはならん」と言って妨害してたな。
一切手出しはせず、ただ取り巻いて説得したり、カメラのレンズに手をかざしたりする(カメラ自体には決して
触らない)だけだったが。
「自分達はユダヤ教徒じゃないから関係ない」という言い分は聞き入れない。
他所から来て滞在する異邦人も、安息日は守らねばならんと聖書に書いてあるから。
優しい言葉で寄せつけて実はその言葉の後には「ただし俺の嫌いな分類は殺す」がついてくるから
物語としてでなく教典としては世界でもかなり最悪な書物
旧約聖書 裏表紙
周りの人間の温情の元に占有していられるのだ
誰もが、カインの奥さんで、「あれ?この人どこから来たの?」て思うよねw
俺も子供のころからすごく不思議だった。
あれほど、あからさまに存在がおかしいキャラもすごい。
人類で2番目に登場する女の人なんだけどなあ。
これまでに数え切れないほど多くの神学者が、長い長い時間を費やして研究した結果、「どこから来たのか、何者なのか、さっぱりわからん」というのが公式の答えだそうですw
ちなみに、エチオピア正教会では、カインは妹と結婚したと伝えられているそうですよ。
やっぱりエジプト神話からチョイスしまくってるなw
前からエジプトの影がチラホラあったけど。
それは間違い。正しくは、
ユダヤ教・・・・・・旧約聖書
キリスト教・・・・・旧約聖書と新約聖書
イスラム教・・・・・旧約聖書と新約聖書とコーラン
意外に思う人がいるようだがイスラム教徒は聖書を認めている。
一応そういうことになってるけど、どちらかというと、新約を読む為の補助(というか読まざるを得ない)なのが旧約というか。
だから、クリスチャンの人は他教徒の人に「旧約にはこう書いてあるんだからクリスチャンはそれに従うんでしょ」って言われると凄く困るんだってさ。
西洋は宗教だったし日本では隣人の目(お天道様)だった
ヤツもキリスト教徒だったんだな
自分に都合のいい部分しか信じていない事
2000年前の小説を参考にして現代を生きることを信仰と呼ぶのは理解できない
レスありがとう。
旧約聖書の方わからなかったのは残念だけど・・・なんとか自分で探してみるね。
※143 ※144
つまり、
ユダヤ教 旧約聖書
キリスト教 旧約聖書+新約聖書 ただし新約聖書がメイン
イスラム教 旧約聖書+新約聖書+コーラン ただし、コーランがメイン
という理解でいいのかな?
そんなあなたのために引照付きの聖書をおすすめ(`・ω・´)
日本の聖書刊行会的に、「この節に関係あるのはココな、んで言及されてるのはココ」
って感じで、いちいち注が付いてます。しかも全部にw
ただ、プロテスタンティズムって「個々人が神と接続可能」であると信じるわけで、
暴走するカルトとか出てきやすかったりするのは構造的に仕方なかったり
中央集権的なカソリックやオーソドックスとの違いですねー
基督教(プロテスタンティズム)、天主教(カソリック)って中国や韓国が訳し分けてるのは
それなりに意味があると思う次第
大まかにはそれでよいかと(´・ω・`)
あと、まぁ色々宗派ごとに重要な文書とかがありまする。
詳しくないのでアレですが信仰の根拠を与える文書を考えると
ユダヤ教 :旧約聖書(+外典:キリスト教では正典と認められてないので収録されてないものとか)
+律法書
キリスト教:聖書(旧約聖書+新約聖書)+外典(教会ごとに正典の範疇は異なる)
イスラム教:クルアーン(旧約聖書+新約聖書※+クルアーン)+ハディース(ムハンマドの言行録)
クルアーンが認める新約の部分も、イスラームにしてみれば、ペテロの手紙とかどーでもよさそうですし、この辺収録されてないかもしれないっす(詳しくない)
聖書の構成は、正確には
ユダヤ教:旧約聖書。外典はなし。
キリスト教:旧約+新約聖書(+旧約外典)。
旧約外典(続編とも)はカトリック・正教会では第二正典と位置付ける。プロテスタントは宗派によって聖書の
一部と認めたり認めなかったりする。
旧約聖書の正典をユダヤ教が決定した時、正典からはじかれたのが外典。
外典の原語apocrypha(アポクリファ)自体が「排除されたもの」という意味。
原文は旧約聖書同様、ヘブライ語で書かれていたと思われるが、ユダヤ教が正典として継承しなかったために
残っておらず、ギリシャ語訳やラテン語訳しかない。それを拾い上げたのがキリスト教。
あの有名なノアの箱舟もエジプトからのパクリですしおすし
何を今更と言うか
おんなじ。
ミレーはそれまで売れる流行の飾った人々、肖像とか裸婦とか描いてたんだけど疑問を持ってありのままの身近な光景や貧しい人々を描いたんだよね。
まーそれでこんな貧しいそこら辺の風景なんか見ても楽しくない、地味で暗くて誰が買うのか!って画商に叱られた。
…でも同じテーマの晩鐘もとても美しい。
そう感じる人がいるからこそ、今も残ってるんだよねぇ。この人の絵。
凄いよね。俺は日系ユダヤ人の石角完爾氏の著書から知ったんだけど、
安息日は街が機能しなくなるとか。お店も休み、交通機関も休み、
敬虔なジューイッシュは皆シナゴーグに集まってお祈りと勉強会。
ラビっていう家庭教師のような人を招いて、定期的にトーラーの
勉強をしているとも。なんか、移動式の寺子屋を思い起こさせる。
2ちゃんだったらそこはわざとチェックアウトと書いてボケをかますところだw
勉強になった。ありがとう。
なにそれ便利
ありがとう、探してみる
日本人とは相容れないな。
最近は地域のアホが鳥や獣が狙うから供えた後直ぐに持ち帰りましょうとかビニール袋入りにせよと言って、年寄り連中から非難されてた。
暗黙の了解でのオキテなのに理屈だけで破るのは愚の骨頂、本末転倒。