松永和紀blog

科学情報の提供、時々私事

TPPと「食の安全」問題をリンクさせてはいけない

2010-11-22 02:04:14 | Weblog
 私は、日和佐信子・雪印メグミルク社外取締役を尊敬している。生協で活動し全国消費者団体連絡会事務局長を経て雪印社外取締役へ。現在は、消費者委員会委員でもある。「食の安全」についても十分に科学的に理解されている。消費者委員会でもほかの多くの委員と違って、至極まっとうな発言をされている。そう思っていた。

 だから、実のところショックだ。毎日新聞に18日に掲載されたインタビュー記事「開国是か非か:TPP・識者に聞く 雪印メグミルク社外取締役・日和佐信子氏」。ここでの発言は、筋が通っていない。私は、「記者が都合の良い部分を抜き出してつなぎ合わせた記事で、日和佐さんの主旨を反映していないのではないか」と疑っている。実際のところ、どうなのだろうか?

 現在は記事を読めるけれども、いずれ記事は消えるだろうから、少し抜粋して紹介しておこう。

 大きな見出しは「食の安全、確保を 拙速避け議論尽くして」。
 TPP参加による消費者のメリットとして、「食品価格が全般的に下がる可能性は高い」と指摘しつつ、「だが、目先の価格低下が消費者に本当にメリットなのかは疑問だ」と言う。そして、こう続く。

--具体的には?
◆食の安全・安心の問題だ。農薬を過剰に使った穀物やBSE(牛海綿状脳症)のリスクが残る牛肉といった輸入農産物に過度に依存するのは問題だ。食料安全保障の観点からも食料自給率の向上は重要だ。拙速なTPPへの参加は、国民に良質な食料を安定供給するという国家の義務と矛盾する。

--「TPPに参加すれば、日本農業が壊滅する」と農業団体は反対しています。

◆高級和牛のような一部の農産品はなくならないと思う。一方、輸入品との差別化が難しい農業は低価格競争で衰退するだろう。庶民が安価な国産牛を安心して食べられる機会を減らしかねない。



 そして、「参加の是非は半年や1年程度で結論が出るような軽い話ではない。政府は信頼できる詳細なシミュレーションを国民に提示し、食の安全・安心がきちんと確保できるような対策も含めて、議論を尽くし、慎重に判断すべきだ」と答えている。その後は、消費者が食への意識を変え国内農業への理解を深めることの重要性を述べている。

 最後の方の「消費者の農業に対する意識の変革」への指摘は、私も大賛成。だけど、「食の安全」の話とTPPは無関係だろう。
 
 まず、「農薬を過剰に使った穀物やBSE(牛海綿状脳症)のリスクが残る牛肉といった輸入農産物」が現実にどこにあるのか。農薬はポジティブリスト制で輸入穀物も規制されている。ポストバーベスト農薬を心配する人もいるが、「リスク」という点では言うまでもなく、ADIとの比較が重要であり、ポストハーベスト農薬が使われていても、その穀物(食品)の農薬濃度が残留基準を下回っていれば、まったく問題がない。BSEも食品安全委員会がリスク評価を行ったうえで、輸入が認められている。例えば、米国やカナダの牛については「リスク管理機関から提示された輸出プログラムが遵守されるものと仮定すれば、国産とのリスクの差は非常に小さい」となっている。
 日和佐さんの話は、「輸入食品は安全でない、国産よりも劣る」ということが前提で発言しているように読めるが、それを示す科学的事実はどこにもない。

 それに、もし仮にあるとしても、その対策は食品衛生法に基づく検疫など、別の枠組みできちんと行われるべきものだろう。実際に既に、日本のポジティブリスト制対策を各国の生産者団体などが行っており、基準をクリアするものを日本向けに輸出している。牛肉だって日本向けのリスク管理措置を行ったうえで、日本の要求する「安全性」に見合うものが日本に入れられている。ほかの輸入農畜産物にしても水産物にしても、安全確保措置は講じられている。

 食の安全確保は、関税問題とは関係がない。TPPに参加するしないにかかわらず、別の枠組みできちんと要求すべき事を要求し、達成すべき話だし、既に実際に行われている。経済的な視点での協定の議論に、まったく違う次元の話をリンクさせて語るのは問題だし、そんな論法は国際的には通用しない、と私は思う。

 やっぱり、日和佐さんがこんな稚拙な論法をストレートに展開したとは信じ難い。新聞記者の解釈が入っているのかな? 今度日和佐さんに会った時に聞いてみたい。こういう時は、直接本人に尋ねてみるのが一番なのだ。
 これから、農協などが同じ論法でTPPに反対して、消費者の理解を得ようとするだろう。でも、効果は薄いと思う。少なくとも、日和佐さんのインタビュー記事に対しては、消費者運動をしている人たちからも「どうしちゃったの?」という声が出ている。

<2010年12月2日追記>
毎日新聞12月2日朝刊に、次のような訂正が掲載された。

11月18日朝刊「開国是か非か TPP識者に聞く」で、日和佐信子さんの発言中、「農薬を過剰に使った穀物やBSE(牛海綿状脳症)のリスクが残る牛肉といった輸入農産物に過度に依存するのは問題だ」とあるのは「食品の安全は日本ではルールで守られているので、TPPでそれが壊されるとは考えられない」の誤りでした。

既に、ウェブでは記事が読めないのだが、読んだ人はお分かりだろう。このくだりが訂正されたら、記事全体が瓦解する。非常に奇妙で、読者に対して不誠実な訂正記事だ。やはり推測した通り、取材執筆にかなりの問題があったことがうかがえる。詳細は、日和佐さんに尋ねて後日また書きたい。

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コメント日が  古い順  |   新しい順
記者クラブ (ベトナムコシヒカレ)
2010-11-23 02:51:12
マスコミも、本音は、TPPやりたくないって事じゃない?
経団連の手前、社説でも、北朝鮮並みの偏向煽り記事書いてんじゃない(笑)
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情報の切り貼り (瀬戸晶成)
2010-11-24 09:08:07
同じ毎日新聞の小島正美さんが、講演や書籍でいくら指摘してもほとんどの記者はこんな程度です。
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微妙ですね (kensan)
2010-11-30 12:13:28
部分を切り取って指摘をするのはちょっとどうかなと思いました。そう長くない記事ですから、全文を紹介してからにしたほうがいいですね。
全体の流れは、ちゃんと説明して、ちゃんと考えようよということでは?
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Unknown (雪兎)
2010-12-05 18:35:17
『食のリスク学』の第3章、松永さんじゃなくて件の記者が聞き手だったら、どんな内容になっていたんだろう?
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新聞記事の全文紹介は… (松永和紀です)
2010-12-07 17:18:43
kensanさんへ

新聞記事にも著作権があり、勝手に全文掲載するのは違法です。引用にも条件があります。

今回の場合、この記事を執筆した時点では記事の全文が読めましたので、リンクしました。記事を読んだうえで私の記述を読めば、誤解なく記事の問題点が理解できるようにしたつもりです。
訂正記事が出て、記事は削除され読めなくなったようです。
ご了承ください。
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著作権? (kensan)
2010-12-09 21:16:58
署名記事でもですか?
引用を書いてもですか?
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続 著作権? (kensan)
2010-12-12 00:04:30
ちょっと調べてみました。
新聞社は著作権を主張してるようですね。
そして、一応、判例を見ると認められてるような。
やれやれですね、社会の公器(もう死語?)が批判されるのを嫌がってる?
とりあえず、全文掲載は無理なようで、了解しました。
しかし、部分掲載のほうが問題がありそうですけどね。(恣意的な取り上げとか・・)
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メキシコでは (さてはて)
2011-01-27 07:25:06
食品は餌ではない。文化を形成する要因の一つといっても過言ではない。TPPを農業だけの問題として矮小化し報道する姿勢に問題がある。アメリカと自由貿易をしているメキシコの実態から将来の日本がどのようになるのか推察することは可能と思う。関税の障壁になると思われるものをすべて排除することがTPPの目標ならば、日本の消費者の安全な物を食べたいというトレンドさえも関税障壁とされる。
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Unknown ( )
2011-10-19 16:13:45
>記者クラブ (ベトナムコシヒカレ)
>マスコミも、本音は、TPPやりたくないって事じゃない?
マスコミもアメリカ式になっていく可能性ありますからね
力による他国の圧力かかって放送規制
(今はK国マネーが入ってるようですがTPPが決まるとお金は入らないわ真実を放送できないわで八方塞に)
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