10月14日の朝日新聞東京版に『「騒音」苦情 悩む保育園 「対応に苦慮」世田谷区長のつぶやき反響』という記事が出た。それから1週間、この問題を掘り下げ、考えてみようという動きが出てきた。今日は、区内の私立高校の生徒から、学校で話し合ってこの記事を題材にディベートをすることになったというメールが届いた。また、記事について、何人かの方からご意見をいただいた。さらに、いくつかの雑誌で取材の申し入れもあった。古くて新しい問題を描いたこの記事を改めて読んでみよう。
『「騒音」苦情 悩む保育園 「対応に苦慮」世田谷区長のつぶやき反響』
◆「対応に苦慮」世田谷区長のつぶやき反響
「役所に寄せられるクレームの中で、『保育園で子どもたちの声がうるさい』というものがあり、対応に苦慮している」「防音壁を作ったり、子どもを園庭に出さないということも起きている――」
8月25日、世田谷区の保坂展人区長がツイッターでつぶやいた。多くの反響を呼び、応える形で保坂区長はつぶやきを重ねた。2千以上リツイート(引用)されたものもあった。
「運動会を屋内でやった、という事例を紹介してくれたフォロワーもいた。保育園が『迷惑施設』になってしまっている」。取材に対し、保坂区長は驚きを隠さずに答えた。
◇交渉で設計変更
区内のある保育園を訪ねた。約30平方メートルの細長い部屋で、1歳児10人が3人の保育士と一緒におやつを食べていた。楽しそうな声に交じって突然、火が付いたように泣き出す男の子の声が響いた。若い女性保育士が付きっきりでなだめる。どこにでもある保育園の日常風景に思えた。
園長の男性が壁に並んだ三つの窓を指さした。「開かずの窓なんです。1回も開けたことがない」
三つの窓はすべて厳重な防音対策がしてある。外側をすりガラスにした上でガラスを二重のペアガラスにし、内側にもう一つサッシを付ける念の入れよう。「すぐ裏が民家で、騒音の苦情が来るのを防ぐためです」と園長。「夏場は暑くて大変。衛生的にも気になるので、本当は開けてあげたいんですが……」
住宅街にある比較的新しいこの保育園は、近隣との度重なる交渉の末にようやく設立した経緯があった。
計画が持ち上がった当初、「子どもの声がうるさいのでは」「建物の圧迫感が気になる」などと住民たちから不安の声が上がった。「人工透析を受けていて家にずっといる。絶え間ない騒音は健康に障る」といった切実な声もあった。
◆ペアガラス「開かずの窓」 園庭使用制限
住民説明会の度に要望を受け入れて設計を変えた。法令上は隣接地との境界から50センチ離れれば問題ないが、園舎を住宅地との境界から4メートル後退させた。事務所を狭くし、乳児室も基準ギリギリの広さだ。垣根には木を植えて園児が隣家をのぞき込めないようにした。2階のベランダや裏庭は原則、園児が立ち入らないようにしている。
◇待機児童は786人
厚生労働省の4月1日現在のまとめによると、世田谷区の待機児童数は786人。名古屋、札幌、福岡の各指定市に次いで全国4位だ。同区の就学前の子どもはここ数年、年間約1千人ずつ増え、待機児童数も2005年の約5倍近い。
保育園の整備は急務だが、新設時に必ずと言っていいほど周辺住民から「騒音」に対する不安の声が出るという。「ほとんどの保育園が防音壁や防音ガラスなどの騒音対策を施しているはずです」と区保育課の上村隆課長は話す。
「園児が園庭に出る時間を制限」「ピアノ演奏時は窓を閉める」「風で飛ばないように園庭の砂を重いものに交換」――。区内の保育園の対策の一例だ。
他区では、訴訟になったケースもある。練馬区の認可保育園「アスク関町北」をめぐって今年8月、近隣住民が「騒音に悩まされ、平穏な日常生活を害された」として騒音の差し止めと損害賠償を求めて提訴した。
「昔と比べて苦情が多くなった」。世田谷区内で八つの保育園を運営する社会福祉法人「杉の子保育会」の星野勤理事長はそう感じている。「子どもに『歓迎されていないんだよ』と伝えているようで残念には思います。理解してもらうよう努力するしかない」
(後藤遼太)
◆地域に溶け込み理解得る努力を
◇子育て問題に詳しいジャーナリストの猪熊弘子さんの話
高齢化に伴って家に一日中いる高齢者が増えており、一方的に『我慢しろ』とは言えないし、音が大きく聞こえる病気に悩む人もいる。保育園としては、閉じこもるのではなく地域に溶け込んで理解を深める努力が大事。子どもが町中でのびのび遊ぶ権利は大人が守らなければいけない。
[引用終了]
8月以来、ツイッターで何度も取り上げてきた話題だが、こうした現象は全国に及んでいる。また、かなり昔から、保育園や幼稚園の園庭と民家やマンションの間に「防音壁」をつくったり、二重ガラスにする等の「対策」を行ってきていることも改めて寄せられる反響の大きさからわかった。子ども施設と音に関する「事例」には事欠かない。
ツイッターで寄せられた反響は「子どもの声まで騒音扱いされるのでは世も末だ」という嘆きの声が、主に若い世代から多く届いた。子育て世代からも、たくさんの体験が寄せられたが、「子どもが迷惑物扱いされている」という言葉が印象に残った。今日、取材を受けていてドイツで昨年、「子どもの声は騒音として扱われない」という法律が制定されたことを知った。調べてみると、この法律だった。
ドイツ「子ども施設の子どもの騒音への特権付与法」
ドイツの連邦議会は,2011年5月26日に,「乳幼児・児童保育施設及び児童遊戯施設から発生する子どもの騒音への特権付与法」を可決しました(ジュリスト1424号(有斐閣,2011年)87頁)。
それは,騒音被害につき,現行ドイツ法上,周辺の土地から発生する騒音により本質的な被害を被った場合には,損害賠償請求を行うことが認められているのに対し,今回成立した法律は,子ども達が発する音についてはこれを特別扱いとし,そのような音を理由として損害賠償請求がなされることがないようにした特別法なのです。
このような法律の制定が求められた背景には,子ども達が発する音を理由として,児童保育施設等を相手取った訴訟が,ドイツでは相次いでいる,ということがあるそうです。そのような訴訟では,多くの場合,子ども達の音に対して寛大な判決が下されているものの,保育施設の運営者や子どもを持つ親は法的に不安定な状態に置かれていることに変わりがない,ということがあったそうなのです。
なお,法律の理由書によりますと,「子どもから発生する音」とは,子どもが発するあらゆる大声(話し声,歌声,笑い声,泣き声,叫び声など)の他,遊戯,かけっこ,跳躍,踊りなどの身体的活動による音や,遊具や楽器による音,そして,子ども自身による音だけでなく,保育施設等の場合には,そこに勤務し,子どもの世話に従事している職員が発する音も含まれる,とされているそうです。
[「弁護士作花知志のブログ」より引用]
ドイツでも日本同様、あるいは日本以上に「子ども施設から音」をめぐる近隣トラブルが訴訟に転じていることが背景にあって、「子ども施設からの声・音・振動等は騒音として損害賠償請求の対象にすることから除外する」という法制定をして、子ども施設を社会全体が許容し、保護することを目的としたものではないかと思う。
子ども施設を維持運営するだけでなく、新設することを迫られている自治体や事業者としては、近隣の苦情や訴えを施設責任者や行政窓口の「人間力」だけで対応することには限界があるのが事実だ。 少なくともこの問題を抱え込まずに社会的問題として考える、地域コミュニティに投げ返す、また解決モデルをつくることが必要だと思う。
昨日は、10年間続いた「のざわテットー広場」に出かけた。近所の子どもたちや親たちが、集まりひとときを過ごす場として定着している。近隣関係もよく、記念イベントには元町内会長も顔を見せていた。やはり草創期には静かな住宅地に出来た遊び場に対して「苦情」は存在したという。ところが、「そういう人ほど話し込んで応援団になってもらいました」とのこと。「苦情と対応」の平行関係から抜け出して、新たなおつきあいを始めるという技が、この場を継続させていると感じた。
この話題は、もっともっと掘り下げていけると思う。