山本 周五郎 作 晩秋読み手:滝川 ゆきえ(2022年) |
一
旦那さまがお呼びだからお居間へ伺うように、そう云われたとき都留はすぐ「これは並の御用ではないな」と思った。この中村家にひきとられて二年あまりになるが、直に主人に呼ばれるようなことはかつてなかったからである。居間へゆくと惣兵衛は手紙を書いていて、「暫く待て」と云った、都留は端近に坐って待った。風邪をひいているのだろう、老人はしきりに筆を措いては水ばなをかんだ、肩つきがどことなく気負ってみえるし、鬢のあたりのほつれ毛が、手の動くにつれて微かにふるえるさまも、なんとなく心昂ぶっているように思えた・・・