土田 耕平 作 狐の渡読み手:堀口 直子(2022年) |
むかし、一人の旅人が、科野の国に旅して、野路を踏みたがへ、犀川べりへ出ました。むかうへ渡りたいと思ひましたが、あたりに橋もなし、渡も見えず、困つてをりますと、
「もうし、旅のお人。」
といふ声がします。見ると、いつどこからとも知らず、一人のうつくしい顔した子どもが舟をこぎよせてゐるのでした。
「渡しのコン助といふものだが渡しの御用はないかな。」
といひますので、
「御用は大有りだ。早くわたしてくれ。」
と旅人は舟にとび乗りますと、子どもは艪をたくみにあやつつてむかう岸へつきました。舟をおりようとして、旅人がひよいと見ますと、へさきに立つてゐる子どもの尻べたから、長い尻尾が垂れてゐました・・・