夏目 漱石 作 永日小品 行列読み手:みきさん(2022年) |
ふと机から眼を上げて、入口の方を見ると、書斎の戸がいつの間にか、半分明いて、広い廊下が二尺ばかり見える。廊下の尽きる所は唐めいた手摺に遮られて、上には硝子戸が立て切ってある。青い空から、まともに落ちて来る日が、軒端を斜に、硝子を通して、縁側の手前だけを明るく色づけて、書斎の戸口までぱっと暖かに射した。しばらく日の照る所を見つめていると、眼の底に陽炎が湧いたように、春の思いが饒かになる。
その時この二尺あまりの隙間に、空を踏んで、手摺の高さほどのものがあらわれた・・・