片山 廣子 作 赤とピンクの世界読み手:藤崎 巧子(2022年) |
農村が町となり、ながめが好く空気もきれいなので、だんだん新しい家が出来て、住む人も多くなつて来た。町のひらけ始めた時分に出来た十軒ばかりの家は、それぞれ屋根の色がちがひ坪数もちがつてゐるが、どの家もみんなみづみづしい生垣で、庭に椿や海棠やぼけ、また木犀や山茶花なぞ植ゑてあり、門前の道は何時もきれいに掃かれてこの辺一帯は裕福なインテリ層のすまひとすぐわかる。その中の一軒に、六十四五のおばあちやんがたつた一人で暮してゐた。
ずうつと前からここにゐる人で、前にはだんなさんも一しよだつたが、それは三四年前に亡くなり、一人の息子さんは結婚してもつと都心に近いところのアパートに暮してゐるといふ噂だつた・・・