堀 辰雄 作 春淺き日に読み手:横山 宜夫(2022年) |
二三日前の或る温かなぽかぽかするやうな午後、僕はうかうかと三宅坂から赤坂見付まで歩いてしまつた。あそこの通りは前から好きだつたが、そんな風にぶらぶら歩いたのは實に何年ぶりかだつた。僕は青山にゐる友人の家を訪問する途中だつたが、三宅坂でいくら待つてゐてもバスが來ないし、それにいかにも春先きらしい氣持ちのいい天氣だつたので、あとで疲れるとは思つたけれど、ついうかうかと歩きだしてしまつたのである。一つはひさしく通つたことのないそのへんをちよつと歩いて見たいやうな氣がしたからでもある。……
僕はごく小さい時分に一度母に連れられてこの近くの豐川稲荷までお詣りにきたことがあつた。(僕の母はときどきそこへお詣りをしてゐた。)・・・