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室生 犀星

不思議な国の話

読み手:寺田 理恵子(2021年)

不思議な国の話

著者:室生 犀星 読み手:寺田 理恵子 時間:23分17秒

 そのころ私は不思議なこころもちで、毎朝ぼんやりその山を眺めていたのです。それは私の市街から五里ばかり隔った医王山という山です。春は、いつの間にか紫ぐんだ優しい色でつつまれ、斑ら牛のように、残雪をところどころに染め、そしていつまでも静かに聳えているのです。その山の前に、戸室というのが一つ聳えていましたが、それよりも一層紫いろをして、一層静かになって見えました。
「あの山は何て山じゃ。あの山の奥は何処にあるのじゃ。」
 そう私は私の姉にたずね、山という不思議な、まだ私たちの見たことのない国に、何かしら私たちに近いものが住んでいるような気がしました。そう言っても天上の星族になお私たち人類が生息しているというような想像よりも、ずっと親しい問題だったのです。姉はそんなとき、・・・

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