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中原 中也

金沢の思ひ出

読み手:松岡 初子(2021年)

金沢の思ひ出

著者:中原 中也 読み手:松岡 初子 時間:11分14秒

 私が金沢にゐたのは大正元年の末から大正三年の春迄である。住んでゐたのは野田寺町の照月寺(字は違つてゐるかも知れない)の真ン前、犀川に臨む庭に、大きい松の樹のある家であつた。その松の樹には、今は亡き弟と或時叱られて吊り下げられたことがある。幹は太く、枝は大変よく拡がつてゐたが、丈は高くない松だつた。昭和七年の夏金沢を訪れた時、その松が見たかつたが、今は見知らぬ人が借りてゐる家の庭に這入つてゆくわけにも行かなかつたが、家は前面から見た限り、昔のまゝであつた。隣りはタカヂアスターゼの兄さんか弟の家で、子供が八人くらゐゐて、ひどく賑かだつた・・・

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