芥川 龍之介 作 夢読み手:二宮 正博(2020年) |
夢の中に色彩を見るのは神経の疲れてゐる証拠であると云ふ。が、僕は子供の時からずつと色彩のある夢を見てゐる。いや、色彩のない夢などと云ふものはあることも殆ど信ぜられない。現に僕はこの間も夢の中の海水浴場に詩人のH・K君とめぐり合つた。H・K君は麦藁帽をかぶり、美しい紺色のマントを着てゐた。僕はその色に感心したから、「何色ですか?」と尋ねて見た。すると詩人は砂を見たまま、極めて無造作に返事をした。――「これですか? これは札幌色ですよ。」
それから又夢の中には嗅覚は決して現れないと云ふ。しかし僕は夢の中にゴムか何か燃やしてゐるらしい悪臭を感じたのを覚えてゐる・・・