樋口 一葉 作 わかれ道読み手:伊藤 靖(2020年) |
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お京さん居ますかと窓の戸の外に来て、ことことと羽目を敲く音のするに、誰れだえ、もう寐てしまつたから明日来ておくれと嘘を言へば、寐たつて宜いやね、起きて明けておくんなさい、傘屋の吉だよ、己れだよと少し高く言へば、嫌な子だねこんな遅くに何を言ひに来たか、又御餅のおねだりか、と笑つて、今あけるよ少時辛棒おしと言ひながら、仕立かけの縫物に針どめして立つは年頃二十余りの意気な女、多い髪の毛を忙がしい折からとて結び髪にして、少し長めな八丈の前だれ、お召の台なしな半天を着て、急ぎ足に沓脱へ下りて格子戸に添ひし雨戸を明くれば・・・