石川 啄木 作 斎藤 三郎 編 散文詩 祖父読み手:みきさん(2020年) |
とある山の上の森に、軒の傾いた一軒家があつて、六十を越した老爺と五歳になるお雪とが、唯二人住んでゐた。
お雪は五年前の初雪の朝に生れた、山桃の花の樣に可愛い兒であつた。老爺は六尺に近い大男で、此年齡になつても腰も屈らず、無病息災、頭顱が美事に禿げてゐて、赤銅色の顏に、左の眼が盲れてゐた。
親のない孫と、子のない祖父の外に、此一軒家にはモ一箇の活物がゐた。それはお雪より三倍も年老つた、白毛の盲目馬である・・・