石川 啄木 作 斎藤 三郎 編 散文詩 白い鳥、血の海読み手:みきさん(2020年) |
變な夢を見た。――
大きい、大きい、眞黒な船に、美しい人と唯二人乘つて、大洋に出た。
その人は私を見ると始終俯いて許りゐて、一言も口を利かなかつたので、喜んでるのか、悲んでるのか、私には解らなかつた。夢の中では、長い間思ひ合つてゐた人に相違なかつたが、覺めてみると、誰だか解らない。誰やらに似た横顏はまだ頭腦の中に殘つてゐるやうだけれど、さて其誰やらが誰だか薩張當がつかない。
富士山が見えなくなつてから、隨分長いこと船は大洋の上を何處かに向つてゐた・・・