横光 利一 作 赤い着物読み手:松岡 初子(2019年) |
村の点燈夫は雨の中を帰っていった。火の点いた献灯の光りの下で、梨の花が雨に打たれていた。
灸は闇の中を眺めていた。点燈夫の雨合羽の襞が遠くへきらと光りながら消えていった。
「今夜はひどい雨になりますよ。お気をおつけ遊ばして。」
灸の母はそう客にいってお辞儀をした。
「そうでしょうね。では、どうもいろいろ。」
客はまた旅へ出ていった。
灸は雨が降ると悲しかった。向うの山が雲の中に隠れてしまう。路の上には水が溜った。河は激しい音を立てて濁り出す。枯木は山の方から流れて来る。
「雨、こんこん降るなよ。
屋根の虫が鳴くぞよ。」
灸は柱に頬をつけて歌を唄い出した・・・