山本 周五郎 作 年の瀬の音読み手:水野 久美子(2019年) |
十二月になると一日一日に時を刻む音が聞えるようである。ほかの月にはこんなことはないし、そんな感じのすることがあっても、十二月のそれほど脅迫感はない。いまこの原稿を書いていながら、私は現実にその時を刻む音を聞きその音の速度の早さと威かく(嚇)とに身のちぢむのを覚えているのである。
ひるめしを食べに出て、市電で仕事場へ帰る途中、私の前へ若い人妻が立った。背中に赤児を背負い、五歳くらいの女の子をつれている。人妻は二十六か七、色のさめた赤いセーターにネズミ色のラシャのスカート。ウエーブの伸びた髪毛が乱れて、細おもての青ざめた顔はこわばり、みけん(眉間)には疲れたような、神経質なしわが深く刻まれている・・・