堀 辰雄 作 大和路・信濃路 橇の上にて読み手:阿蘇 美年子(2019年) |
そこの小屋のなかで待っていてくれと云われるまま、しばらく五六人の馭者らしい人たちの間に割りこんで、手もちぶさたそうに炉の火にあたっていたが、みんなの吹かしている煙草にむせて急に咳が出だしたので、僕は小屋のそとに出ていって、これから自分のはいってゆこうとする志賀山の案内図をながめたり、小さな雪がちらちらとふっているなかを何んとなく歩いてみたりしていた。雪の質は乾いてさらさらとしているし、風もないので、零下何度だか知らないけれど、寒さはそうひどく感ぜられなかった。そのうちに、向うの厩の中から、さいぜんの若い馭者が馬の口をとりながら、一台の雪橇を曳き出して来るのが見えた。僕は雪橇というものをはじめて見た・・・