和辻 哲郎 作 寺田さんに最後に逢った時読み手:宮崎 文子(2018年) |
去年の八月の末、谷川君に引っ張り出されて北軽井沢を訪れた。ちょうどその日は雨になって、軽井沢駅に降りた時などは土砂降りであった。その中を電車の終点まで歩き、さらに玩具のように小さい電車の中で窓を閉め切って発車を待っていた時の気持ちは、はなはだわびしいものであった。少し癇癪が起きそうになるまで待たされたあとで、やっと動き出したかと思うと、やがてまたすぐに止まった。旧軽井沢であったらしい。ここでもなかなか発車しそうにない。うんざりしながら鄙びた小さな停車場をながめていると、突然陽気な人声が聞こえて四、五人の男女が電車へ飛び込んで来た。よほど馳けて来たらしく息を切らしている人もある。ふと見るとその一人が寺田先生であった・・・