野村 胡堂 作 銭形平次捕物控 江戸阿保宮読み手:伊藤 和(2018年) |
一
江戸開府以来の捕物の名人と言われた銭形平次も、この時ほど腹を立てたことはないと言っております。
滅多に人間を縛らぬ平次が、歯噛みをして口惜しがったのですから、よくよくの事だったに相違ありません。
「親分、また神隠しにやられましたぜ」
ガラッ八の八五郎が飛込んで来たのは、初夏の陽が庇から落ちて、街中に金粉を撒いたような、静かな夕暮でした。
「今度は誰だ」
平次は瞑想から弾き上げられたように、火の消えた煙管をポンと叩きました。
「石原町の日傭取の娘お仙と駄菓子屋の女房のおまき、それから石原新町の鋳掛屋の娘おらく――」
「三人か」・・・