豊島 与志雄 作 犬の八公読み手:加藤 純子(2018年) |
一
或る山奥の村に、八太郎といふ独者がゐました。呑気な男で、皆のやうに一生懸命に働いてお金をためることなんか、知りもしないし考へもしないで、のらくらとその日その日を送つてゐました。食物がなくなると、日傭稼ぎに出たり、遠い町へ使ひに行つたりして、僅かの賃金を貰つてきて、それで暮してゐました。
その八太郎が、或る日、やはり遠い町へ使に行つた時のことです。用を済してぼんやり帰りかけると町外れの木の下に、白と黒との小さな子犬が二匹、一つ処にかたまつて、くんくん泣いてゐました。雨が少し降りだしてゐまして、その雨の雫が木から落ちかゝる度に、二匹の子犬はさも悲しさうに泣きたてるのです・・・