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津村 信夫

月夜のあとさき

読み手:横山 宜夫(2024年)

月夜のあとさき

著者:津村 信夫 読み手:横山 宜夫 時間:7分16秒

 「戸隠では、蕈と岩魚に手打蕎麦」私がこのように手帖に書きつけたのは、善光寺の町で知人からきかされたのによる。
 岩魚は戸隠山中でもそう容易には口に這入らない。岩魚釣を専門にしている、さる農家の老人をひとり知っているが、その他に所謂素人で、ひそかに釣に出るような人もある。
 一日歩いて骨折ってみても、まずこんなものですよと云って、石油の空缶をのぞかせて呉れたのは、山の写真屋の隠居であった。空缶のなかには膚の美しい岩魚が、僅か二疋だけ泳いでいるにすぎなかった。
 水の綺麗なところを選ぶこの川魚は、いささか神秘に属するものかもしれない・・・

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