横光 利一 作 梅雨読み手:横山 宜夫(2024年) |
去年の梅雨には曇天が毎日續いた。重苦しい濕氣のなかで私は毎日ねつとりとした汗をかき、苦しんだ。思へば毎年その頃になつて筆の動いた試しがないが、この年の梅雨の日は或る日どこからか逃げてきたらしい鶯が庭の繁みのなかで鳴きはじめた。梢をのぞいても姿は見られなかつたが、聲だけは塀の周圍を鳴き續けてやまなかつた。これが毎日、同じ處で鳴き續け、同じ方向にいつも舞つてゐるのが感じられると、頭はその聲を中心に急に動き出したのを覺えてゐる。
その頃、北海道行きの話が出て川端君とふたりで奧羽本線を青森の方へと行き淺蟲で一泊した・・・