林 芙美子 作 愛情読み手:成 文佳(2024年) |
心を高めるやうな無窮の愉しみと云ふものは、いまだに何一つ身につけてはをりませんが、小説書きの小説識らずで、まして音楽にしても絵画にしましてもわたくしは一文字も解らない童児なのです。だけど、それらのものは不思議に愛情をもつて観たり聴いたりすることが出来ます。世間ではよく趣味のあるなしを論じるひともあるけれども、眼の高さ、学問の高さをとりのぞいたならば、君子も乞食も、絵や音楽や文学は一様にきらひなものではないでせう。
遠州流の祖小堀政一侯の壁書のなかに、「君に忠孝をつくし、家々の業を懈怠なく殊に旧友の交りを失ふなかれ、春はかすみ、夏は青葉がくれのほとゝぎす、秋はいとゞさびしさまさる夕の空、・・・