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菊池 寛 作
読み手:小林 きく江(2024年)
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一
元禄と云う年号が、何時の間にか十余りを重ねたある年の二月の末である。 都では、春の匂いが凡ての物を包んでいた。ついこの間までは、頂上の処だけは、斑に消え残っていた叡山の雪が、春の柔い光の下に解けてしまって、跡には薄紫を帯びた黄色の山肌が、くっきりと大空に浮んでいる。その空の色までが、冬の間に腐ったような灰色を、洗い流して日一日緑に冴えて行った。 鴨の河原には、丸葉柳が芽ぐんでいた・・・