宮本 百合子 作 雨が降って居る読み手:堀口 直子(2023年) |
細い雨足で雨が降って居る。
薄暗い書斎の机の前にいつもの様に座って、私は先ぐ目の前にある楓の何とも云えず美くしい姿を見とれて居る。
実に美くしい。
非常に肉の薄い細く分れた若葉の集り。
一つ一つの葉が皆薄小豆色をして居て、ホッサリと、たわむ様にかたまった表面には、雨に濡れた鈍銀色と淡い淡い紫が漂って居る。
細い葉先に漸々とまって居る小さい水玉の光り。
葉の重り重りの作って居る薫わしい影。
口に云えない程の柔かさと弱い輝を持った気味悪い程丸味のある一体の輪廓は、煙った様に、雨空と、周囲の黒ずんだ線から区切られて居る・・・