芥川 龍之介 作 鼠小僧次郎吉読み手:水野 久美子(2023年) |
一
或初秋の日暮であつた。
汐留の船宿、伊豆屋の表二階には、遊び人らしい二人の男が、さつきから差し向ひで、頻に献酬を重ねてゐた。
一人は色の浅黒い、小肥りに肥つた男で、形の如く結城の単衣物に、八反の平ぐけを締めたのが、上に羽織つた古渡り唐桟の半天と一しよに、その苦みばしつた男ぶりを、一層いなせに見せてゐる趣があつた。もう一人は色の白い、どちらかと云へば小柄な男だが、手首まで彫つてある剳青が目立つせゐか、糊の落ちた小弁慶の単衣物に算盤珠の三尺をぐるぐる巻きつけたのも、意気と云ふよりは寧ろ凄味のある、自堕落な心もちしか起させなかつた・・・