寺田 寅彦 作 年賀状読み手:横山 宜夫(2023年) |
友人鵜照君、明けて五十二歳、職業は科学的小説家、持病は胃潰瘍である。
彼は子供の時分から「新年」というものに対する恐怖に似たあるものを懐いていた。新年になると着なれぬ硬直な羽織はかまを着せられて親類縁者を歴訪させられ、そして彼には全く意味の分らない祝詞の文句をくり返し暗誦させられた事も一つの原因であるらしい。そして飲みたくない酒を嘗めさせられ、食いたくない雑煮や数の子を無理強いに食わせられる事に対する恐怖の念をだんだんに蓄積して来たものであるらしい。
それでも彼が二十六の歳に学校を卒業してどうやら一人前になってから、・・・