芥川 龍之介 作 漱石山房の冬読み手:小林 きく江(2022年) |
わたしは年少のW君と、旧友のMに案内されながら、久しぶりに先生の書斎へはひつた。
書斎は此処へ建て直つた後、すつかり日当りが悪くなつた。それから支那の五羽鶴の毯も何時の間にか大分色がさめた。最後にもとの茶の間との境、更紗の唐紙のあつた所も、今は先生の写真のある仏壇に形を変へてゐた。
しかしその外は不相変である。洋書のつまつた書棚もある。「無絃琴」の額もある。先生が毎日原稿を書いた、小さい紫檀の机もある。瓦斯煖炉もある。屏風もある・・・