はてなキーワード: 映像コンテンツとは
単純化された動画の内容(文章+音声)を理解できなくて、まさかの大卒だし、なんならアカデミアにもいる
実利と和を優先し、『"なぜ?" や "批判思考" なんてとんでもねぇ!!!』をやっている日本で特に多い印象は受けるものの、
他国ではどんな状況なんでしょうかね?
バカ向けに映像コンテンツを作っているというTVマンや電通に凄まじい嫌悪感を持っていた(他者の知能を軽んじすぎ)
しかし、現実は、傲慢なTVマンや電通でさえ、まだ他者の能力を高く見積もり過ぎっていうのが答えだったのよ
一応、新学習指導要領には、 Self-Regulated Strategy Development (SRSD) が盛り込まれてはいるものの、
その解説を見ると非常に表層的な説明ばかり見かけ、あっこれはダメかもしれんねって思った
まぁ、受験対策で繰り返し学習した結果、単純なIQテストでは凹凸を見つけられない状態になってしまった発達障害、
あるいは、発達障害とは別枠の何か(社会人にクラスチャレンジができない、就職出来てもお荷物になる大卒者)を
フォローするきっかけにはなるだろうけど、数年でどうこうってことはおそらくないでしょうね
やらないよりはマシだけど
技術が発達して様々な映像を作れるようになった昨今、難しい(コストがかかる)ものが2つある。
それは人間と粒子だ!
人間らしい人間を1から生み出すのは意外と難しく、生身の人間とのコスト競争に勝てないためそこまで発展していない。
(ハリウッドやゲームのAAAタイトルくらいコストかけた環境でようやく見れたものが作れる)
そして粒子はシミュレーション等で専用モデルはあるものの、映像コンテンツにおいては負荷が高く表現の難しい分野である。
いまYouTubeで砂利が熱い。
石を砕いて砂利にする機械をジョークラッシャーと呼ぶのだが、今これが熱い。
途上国の採石場の動画を何百というチャンネルがアップロードしている。
採石場によって設備の品質が全く違うのも面白いし、作業者の質も違う。
学校で学ぶ物理の基礎が役に立つ職場だなあと感心しきりである。
船底にベルトコンベアがあり、運航時は負荷がかからないように木の板を渡してある。
港湾でアンロードする際に作業員が板を1枚1枚外して砂利の山を崩していく光景と音が良い。
みんなも熱い砂利動画を教えてくれよな!
スタレver.2.3でピノコニー編のエピローグも終えたけどえぐいくらい面白かったなピノコニー
10時間以上かかった2.2と比べると今回の分は軽い探索込みで4時間前後のボリュームだな
ともかくこれオンラインゲーム史上最高ってくらい歴史に残る出来なのでは?
やってることは極めてコンシューマ的だけどコンシューマRPG含めても傑作の域だと思う
オフゲーにはないリアルタイムの情報や映像コンテンツ開示も考えると総合的にトップクラスというか普通に俺のゲーム人生で過去一と言いたくなる出来
というかシナリオや演出、ミニゲームの品質にとどまらず2.3の戦闘サブコンテンツ、階差宇宙や末日の幻影も軽く触れたけど流石におもろいわ
全体を通してとんでもなく頭が良くてセンスもある人間が集まって作ってんだなということがビシビシ伝わってくる
仙舟以前ではなんか「よく分からんけどジーンとさせられるね」的な雰囲気で遊んでる印象だったが
ピノコニー入ってからめちゃくちゃ展開が熱いし、最終的にかなり理解可能な脚本だった
というか2.2のシナリオが好きすぎて色んな実況者の反応や解釈聞くのが楽しくてトータル10周近く見てるわ俺
これで来月にはZZZも始まるって正気かよ
こっちもこっちでテイストは異なりつつも超絶クオリティだってことは分かってるから
そろそろ分身の術を覚えたい、切実に
本なんてその程度の扱いでいいものだし、本に限らずあらゆる産業の商品・サービスはそのように扱われて然るべき。
それが商業というもので、そうした方がビジネスのパイが広がり、商材も洗練されていくから。
抜きん出たものをさらに目立たせることで、より多くの人に認知され、共有され、その分野の裾野が広がる。言い換えればバズらせることができる。
それくらいのことをしないと、世の中にはあらゆる商業分野や消費的娯楽があふれているわけだから、認知してさえもらえない。
例えば今ゲーム業界では、市場規模を成すセールスの8割はサービス運営型のものから来るようになった。
それはなぜかというと、運営型ゲームの多くは基本無料の形態をとっており、「手に取る」ハードルが限りなく低くなったからだ。
それくらい、みんなが知っている、みんながやっている状況を作ることは大事だ。
ハードルが下がることで、消費者にとっても、常に手軽に「相見積もり」ができるような状況になっており、都合がよい。
だから無料で触れてもらって、良し悪しはその後で判断してもらうという態度こそ、消費者のセンスや知性を信用する誠実な売り方だ。
音楽や映像などの分野もサブスクの隆盛によって、「見てもらう」のにかかる費用がにわかに低廉化している。
そうした音楽・映像コンテンツを導入口にして、イベント等のファン商売へと誘導することで利益をあげている。
翻って、書籍分野の売り方を見てみると、電書という選択肢が増えたくらいで、ビジネスモデルは変化していない。
売れている本をより売るために目立たせるくらいでは、正直言って生ぬるすぎる。
手に取るハードルを低くできない以上、「絶対に外さない」ように一極集中させるのは理にかなっているだろう。
本当に書籍文化の未来を願うなら、考えることは真逆であるべきだ。
「隠れた良書」とされがちな性質を帯びた作品というのは、もともとその分野にどっぷり浸かっている人が、商業的なアシストがなくとも自分で探し出していける。
逆にそういう発掘の楽しみが残っていた方が、商業に食い荒らされない方が、良いとさえ言えるだろう。
ゲーム業界で言い換えるなら、SteamのインディーやPC・PS5などの買い切りの大作タイトルにはもっと優れた作品がある、それは事実だが、それを声高に叫んだとしても、そういう古い「あり方」が主流に返り咲くことはないのだ。
むしろ現実には、基本無料ゲーム開発のために資金と人材が集まり、ビジネス面では主戦場と化しているのがここ十数年の流れだ。
コアで偏狭なゲームファンはそれを直視できずにいて、運営型ゲームのガチャシステムなどを古い認識のまま嫌い続ける。
もちろん中身を重視するなんたらアワードのような世界では、AAAタイトルがマニアに評価され続けるだろう。
だがAAAタイトルを触れるのはゲーム消費者全体を俯瞰してみると、本当にマニアだけになっている。それは悪いことではない。
ゲームという「あり方」が柔軟に広がって裾野を広げた結果、おじいちゃんでもポケGOを楽しんでいたりする世界を一概にダメとは言えないだろう。
それと同じように考えれば、商業主義を嫌い、「隠れた良書」のようなものをアピールすることがいかにズレているか分かるだろう。
伸びているものをさらに伸ばして多くの人を巻き込み、素晴らしい方向へ成長させる圧力を生産者側へかけていくことが、誰も想像できないような膨らみ方をした未来の文化を作るわけだ。
モバイルゲームでは、開発費が高騰して、競争が激しいのに失敗リスクが大きくなっていることから、技術力や繊細な運営センスがない会社は早々に撤退を余儀なくされ、淘汰が激しくなっている。
この中を生き残って成功していく会社は、従来のゲーマーが評価するAAAタイトルを部分的に超えた品質のものを作れる能力を持ちつつある。こうやって想像を超えた進歩をしていく世界、面白いだろう。
本で例えるなら、なろう系ラノベをくだらないと言って一掃しようとするのではなく、なろう系をさらに洗練・発展させて世代を超えたジャンルへと育てていこう、あるいはそういうものが見たい、という考え方をすべきだ。
アラフォーなんだけどコロナ前辺りから、邦楽の新譜を全然聞かなくなったのに気づいて今年はじめからサブスクでガンガン聞いて楽しかったのでここに残しとく。
だいたい2020前後から直近の曲までビビッと来たものの感想と昔の曲を添えて。あ、下記は全部自分が好きになった曲になります。リピ確定な。
・mabataki / Vaundy
むぉしきみぃぐあー、好き。テンポを早くしたCreep(レディオヘッド)。コード進行もほぼ同じ(厳密だと3小節目がsus4)。
Vaundyの別曲、踊り子って曲も同じような進行。ばらの花(くるり)感があるのはストリングス8分刻みのスタッカートのせいかもかも。
サビ4小節目の転調すばらしい(0:56あたり)。大サビ(2:39あたり)のメロがきれいに一旦終了してカタルシス。
AメロのGlitch Hopリズムや雰囲気はCloser / Lemaitreをめっちゃ意識してると思う!(当たって!)
ヒゲダンのコード進行のキレイさってKANっぽくて整理されてて文句言えない隙がない。ヒゲダンの息子だったら生きにくいよな。
・The Diamond Four / ももいろクローバーZ
ももクロはココ☆ナツと走れが好きなんだけど、このラップも好き。
ファンキートラックはリップスライムのFUNKASTICを思い出す。
・the Moment / Ryohu(呂布カルマではない)
Harfby味あるゴスペルサンプリングをベーシックにしたトラックに何言ってるかわかんねえけどカッコいいラップ曲。
増田がゴスペル好きだったので。appleのCMに使われてた思われるんだわ。
アコギのリズム・ギターとタム回しがきもちい。Aメロ終わりのコードD♭が予定調和崩壊のキモ。
声質はとにかく今旬の量産型だけど女の子の歌がYUIの歌をR&B風にした感じと男女で歌ってるのが好き。
・DOGLAND / PEOPLE1
サビで爆発&マリリン・マンソン(デスメタ)ぽいダーク感。ぬーさん(king gnu)風味もある。
ヴィジュアル系追っかけゴスバンギャに大人気!(おらバチボコしたんぞダウナー系女子に大人気!)
こういう三連符メロ&リズムは今の主流だと思うけど、水戸黄門テーマソング「あゝ人生に涙あり」のタンタタタタン、
コード進行がD♭M7 →EM7 →B♭m/E♭ この3コードだけ(アウトロは変わる)なのでシンプル。
アウトロはサンダーキャットぽい動くベースがキモい、いや気持ちいい。この質感は音楽のモンクレールや!
Youtubeでよく聞くLo-fi hip hopサウンドを表現しつつ自らのファン層に「やっぱりおしゃれなんです、僕」をちゃんと伝えてて好き。
こういう打ち込みはDJ Mitsu the beats(gagle)が心地いいので良かったらぜひ。
声質のせいか星野源の歌ってメロディーが聞こえにくい曲が多いんだけどこれはよく聞こえる。そうそう、喜劇はまさに星野源やないかーい。
・ただ君に晴れ / ヨルシカ
令和夜シリーズ(YOASOBI ずとまよ)の一角ヨルシカ。ゆるく歪ませたサウンドとペンタトニック地獄、最近には珍しくギターソロがある、うまい。
ギターヒーローはまだ死んでなかった。良かった、太陽がまた輝くとき 矢を射るよ。
サビ4小節目のディミニッシュコードがオサレ&エモでキュン死。ジャケもムチムチ死。
1サビ終わり(1:10~)からギターでいとしのレイラ/クラプトンを弾いている。私より先に弾くとわ気に食わないけど愛しい。
・踊 / ado
最近の曲、"唄"はいいんだけど"踊"より大衆に迎合した感があってウルトラソウル透。
どどどど(1:43)が好き。
トラックはダブステップ〜ラテン〜しゅわしゅわハウス〜みたいに飽きのこないアレンジ。
・ビビデバ / 星街すいせい
Vの事は何も知らんがadoライクの唄&音。PVも面白い。トラックの中でずっと117時報が鳴ってて□□□の00:00:00を思い出した。
ひとつだけ残念なのはトラックがプロいので完成されていて予定調和なところ。でもPVがかわいい♡からまあいいか!ってなる。
・グッドな音楽を / ねぐせ。
シンプルなバンドサウンド。ほんと何も考えなく聞ける。あ、ウルフルズ!それな。
1回聞けば覚えるサビメロが好き。
・およげ!たいやきくん / MONO NO AWARE
「たいやきの尻尾を集めてCome togetherで煮込みました。ね、面白いでしょ?」感がすごく、ウザ過ぎて好き。
・dasu . Hikage no onna / Otoboke Beaver
・あふれる / tricot
イントロからポップなんて大嫌いっ!感あふれる三和音sus2コードのギターリフというかカッティングが印象的。
今っぽくない透明抜けするボーカルが心地良い。
ハイパーポップの代名詞(でいいよね)。サビはDubstepからの派生。Bメロからのリズムがサビで半分になって
アホほど気持ちいシンセアルペジオとトゥントゥン降りてくるタムもからまって、
・Still in my heart / PSYQUI ぷにぷに電気
これもハイパーポップ(だと思う)。このあたりのぶつ切り感(1:30)とかおもいっきりテレビですわ。
・OPENING / KMNVERS
二人のラップバランスが好き。ラップの言葉の置きどころがHALCARI風で今っぽくはないがそこがいい。
トラックがドラム、ベース、SE、ブラスサンプルぐらいなのでシンプル。そのせいか声が聞きやすいぜよお疲れSUMMER。
・WurtS / Talking Box
「こんな夜中に卓球でもしてんのかお前」みたいな速さで、ゆるふわピッチベンド全開シンセが気持ちいいイントロ。
イントロのフレーズ待ち構成がこの曲のカタルシス。サビで倍速リズムになればどの曲も大抵楽しい。
歌は何言ってるかわかんねえけど…山嵐の未体験ゾーンも何言ってるかわかんなかったわ。何言ってるかわかんねえくらいでいいんだわ。
・New Jeans / New Jeans
ほんと2STEPガラージHOUSE。2000年くらいにM-floもよくこのリズムを取り入れててcome againのサビなんか2STEP。
K-POPって生バンドサウンド文化が少ないから打ち込み文化なんだろね。クラブサウンドを昇華させて耳障り良くするのがうまいよね。
2024は2STEPの流行くるかなー過去二回失敗してるからこねえだろなー。
・Away With Me / Tomggg, raychel jay
テイ・トウワっぽくもありPOPうううううう。渋谷を思い出す。この雰囲気は悪いこと起きない
・救われ升 / ポップしなないで
月曜AM4:00くらいに小便で起きまして。中年の中途覚醒まっしぐらですわっはっは!
そんでもって変な曲だなとおもったらサビの歌詞が良くて、ああいいなあなんて思いながらまた寝ちまったんです。
で朝起きたら私、透明になってたんですね。。もとい、この曲ベースが無いから粋で好き。
・エナジー風呂 / U-zhaan, 坂本龍一, 環ROY, 鎮座Dopeness
教授のenergy flowをベーシックに、U-zhaanのタブラとラップがうまく融合した作品。
とにかくラップがいい。1:23~からの"たぶん"と"ざぶーん"の応酬がもうきもちいい。
むかしリゲインのCMに使われてたと思うんだけどあの頃はリラックスとかブームだったねえ。
”禅問答なのかこれは”と意識させられそうなディアンジェロもほっこりシンプルなイントロ。こういうの好きマジ大トロ。
寝起きで歌ってんかおまえ的な声はBONNIE PINK好きならマストバイ。さよならバイバイ、元気でいてね
・あわいに / TOMOO
「畠山美由紀のような声を持った聖女は転生して歌手になる!」みたいな曲。
アレンジは、ほぼ恋 / 星野源なので安心して聞ける。フルートや他の管楽器も聞こえてほっこりするね。
大好きな人はいると思うけど、まじ嫌いな人を作らなそうな声と歌詞。Presentっていう曲もよかたよ。
■総評
最近の曲の歌は言いたいことが多く、説明も多い。本当に多い。(←まじ老害)
これはSNSや映像コンテンツの歌詞文字の影響なのか。また、一曲の長さが2分台はザラ。時間節約でまじタイパ。
コード感ていうのはマッキー「どんなときも」でいうとイントロからシンセピアノが鳴るんだけど、よく聞くとAメロやサビでもずっと鳴ってて曲を通して和音がわかりやすく全体を支えてる感じ。
あと楽器は歌の裏でクリーントーンのエレキが一人で遊んでたりベースがうねってる。ジュディマリみたいにやんちゃ。
そうそう、ベースの音量大きいよね。リズムも。DTMやダンスの影響かな。
あれかな、2000年くらいに管楽器ブームがあってエゴラッピンとかスカパラとかWhat's Loveとか流行ったけど(あの時は椎名林檎すらエゴラッピンに寄せてたよね)あんな流れと似てる。
いうても実は響けユーフォニアムの影響なんですけどね。3期もたのしみ。
さいごに、、、歳をかさねても新しい文化にちゃんと浸れるのはうれしい!たのしい!大好き!
昔の日本の様子について調べるとフェイク動画、偽情報にあふれていて
どれが本物か見分けがつかない
ネットの有志で本物か偽物かラベリングしていく作業が行われているが
東京の平成館という場所にはフェイクを完全排除した昔の映像コンテンツがあるらしいが
最近の若者はAI汚染が進んでいて、平成世代の昔の話すら「嘘だ」と決めつけている
ファンタジー平成、ファンタジー昭和が彼らにとっては真実なのだ
本物の映像より偽物の映像のほうが説得力はあるのだが、そういうのは逆に怪しいと気づいて欲しい
あと教科書には映像の一般化は昭和だったと書かれているのに、この前なんかは江戸時代の映像が本物かどうかで荒れていた
昔はこんなことなかった、こうやって歴史がAIにかき消されていくのを目の当たりにするとは思わなかった
最近恐ろしいのが、たった10年前の出来事でさえ真実を調べにくくなっていることだ
いずれすべてが信じられなくなる
びわ湖放送(Biwako Broadcasting Co., Ltd.、BBC)のこと。
滋賀県を放送対象地域としたテレビジョン放送事業を行っている特定地上基幹放送事業者である。滋賀県が筆頭株主の第3セクターである。
イギリスのBBCは公平中立の精神に基づいて、イギリスの政府からも独立し、エンターテインメントやドキュメンタリーなど様々な映像コンテンツの制作や、テレビ、ラジオ、デジタル媒体を通したニュース報道をおこなっているが、滋賀県のBBCもどの系列にも属さない独立系放送局として、自社制作番組の編成を優先して放映をおこなっている。
前述の通り、略称には「Biwako Broadcasting Co., Ltd.」より採った「BBC」を使用している[4]。この略称はイギリスの英国放送協会(The British Broadcasting Corporation)と同じもので[4][5]、滋賀県民を中心に両者を混同したりそのことをギャグのネタにしたりすることがあり(“日本のBBC”と称されることもある)、びわ湖放送自身も自社制作番組『藤井組TV』でネタにするほどである[6][* 3]。混同を防ぐため、県外ではBBCびわ湖放送と社名併記が多い。
2009年10月1日には、「アミンチュてれびBBC」というステーションコピーを制定した。「アミンチュ」とは「淡海人」を沖縄語的に読んだもので、滋賀県民を指す造語である[4][* 4]。
自分はそういった読むエンターテイメントが肌に合わなくて、まれに、すごい話題作だったり、友人に推されたりで小説を読んだりノベルゲームをやったりすると、いつも期待したほどではないという感想を持ってしまう。ノベルゲームに至っては最後まで進めた試しがない。漫画や映像コンテンツとか文字主体じゃないゲームだったら普通に楽しめるんだけども。なので、シンプルに読むエンターテイメントに適性がないんだなと思ってる。
んで、ふと気になったのが、表題の「本の小説は読まないがノベルゲームは楽しむ、あるいはその逆の人っている?」っていう事。もしいた場合、どういう違いでもって片方だけ楽しむようになったのかな?
新規連載するネームを作るのに何か月もかかるというのを漫画で見たがそれが本当だったとしたらおかしなことにならないか?
そのペースだと週刊連載にも月刊連載にも間に合わないじゃないか。
もし最初だけそうだというならなんで最初だけそんな時間かかるの??意味不明。いきなり最後の方までネーム作りだめしておくってこと?なんで?
あと編集は何かといちゃもんつけてくるらしいけど、編集の言うこと聞いて売れる保証ないのにそのネームで連載する決定権握ってるのが編集にあるのっておかしくね?
編集の言葉はあくまでアドバイスするに留まり決定権はプレイヤーにあるという信長の野望の軍師方式でいいだろ。
こんな調子じゃ映像コンテンツの主戦場が放送局からネット配信に移りつつあるように漫画も古臭い商業雑誌からキンドルパブリッシュに移行しても仕方ないよね
せっかくのいい主張なので「ヲタ」「バカ」「言い訳」などの、特に理由のない罵声や断定をやめて、なぜそれがバカなのか、なぜそれが単なる言い訳なのかを理論展開すればいいのになと思った。
個人的には、近いのが「近所で評判のラーメン屋のラーメンを食いまくり、"味を盗んで"インスタントラーメンを売り出す」みたいなシチュエーションだと思っている。
学習は言い訳か?機械に分析させるのは違法か?どちらも否である。そんな法律はないからだ。
でも「○○屋の味を再現したラーメン」と言うのはよろしくない。他人の商標を勝手に使うのは違法だ。
同様に「声優の○○の声と演技を再現した」と言って出してくるのは絶対にご法度だ。もちろん公式や本人がタイアップした時に名前を出すのは問題ない。
だから人の技術を真似て商売するものを非難したいのか、人の看板を使って商売したいのかを分けて考える必要がある。後者は無条件に死んでいい。
次に誰にどんなダメージが行くか考えよう。
ひとつは声優本人。本人の声と演技が安価で使えるのだから本人には大ダメージである。
ふたつめは後進。プロの価値が安価で手に入るならばその道を志す後進は減るし、引いてはその分野そのものが衰退する。
話をずらす。
嘘か本当かは知らないが、かつてトーキーフィルムといって映像に声や音楽までついた作品が普及すると活動弁士たちは廃業に迫られたらしい。
活動弁士とは無声映像の横でアテレコしたり状況説明をする仕事だ。
「あんな魂のこもっていないもので満足する愚か者たち」が多いので、魂のこもった活動弁士たちは追いやられたのだ。
1932年、活動弁士たちはトーキー映画に対して反対運動を起こしたが無声映画に声で迫力を付与するという仕事や文化は映像に声や音を乗せるという技術の前に衰退した。
声優の話に戻す。
数ヵ月前まで真似できなかった特殊技術が特殊技術でなくなり、本人と後進の道を閉ざそうとしている。
「個人的に応援したい人、文化」への贔屓目や応援したい気持ちはわかる。
しかしこれはどこまでいっても「技術が進んで特殊技術が特殊技術でなくなった」という、これまでもよくあったし、今後もよくある話のひとつだ。
人が怠惰な幸福を追求するかぎり、ラッダイト運動は絶対に失敗に終わる。
自分が何を守りたいのか、それを明確にすれば取る行動は変わるだろう。
例えば勝手に学習されるのが嫌ならば著作権や特許の制定に乗り出すべきだし、声優個人の生活を守りたいなら応援基金でも立ち上げるべきだ。
新しい時代が来るのが嫌というならば今の作品をもう一度見直せばいい、見てない作品だけ見たとしてもすでに一生をかけても費やせないほどの映像コンテンツが存在しているのだから。
ここ最近の等速倍速論争で倍速批判論者が「倍速だと大事ま『間』が損なわれるから~」みたいに言っていてスターとかLikeとかたくさん貰ってるんだけど、
そんなこと初めて聞いたのに皆同意しててびっくりしちゃった
参考文献とかあったら教えて
ちなみに増田は動画コンテンツはストーリーとか脚本が一番大事でそれを絵付きで楽しむコンテンツだと思っているよ
番組って商業的都合で30分1時間みたいな枠に嵌め込むために間延びしたり駆け足になったりしがちだし
倍速はしないけど酒飲んだりベッドでゴロゴロしながら見てるし雑にスキップとかするから誉められた視聴態度じゃないし
でも、そもそも本当に”正しく理解”するんだったら1周だけじゃなく何度も何度も繰り返し見たり
特定のシーンを止めたり行ったり来たりしたり
理解を高めるために遅くして見てる人は勿論、速くして見てる人もそれ自体は自由だとは思うけど、作っている側は等倍速を前提で作っているわけで「それでわかった気になって批評するのはやめてね」とは思うと思う。
こういうコメントが例の記事のトップコメだったけど、等速だろうと所詮はただの一視聴者なんだから「それでわかった気になって批評するのはやめてね」とは思うと思う。
ククルスドアンの島を上映する劇場で映画鑑賞客にBDを販売するらしい。
「最も金払いのいい客が最上位のもてなしを受ける」という、一般的なビジネスでは当たり前の商習慣を
やっとアニメ業界で恒常的に実施するところが出てきたことに感動を禁じ得ない。
今までのアニメ業界は「一番金払いのいい客が最も待たされる」というクソみたいな商習慣が横行していた。
TVなり配信サイトなりでコンテンツにハマったとしても、上質な映像コンテンツを買えるのはずっと後回しにされ続けてきた。
これで「金払いのいい客を最後に回す」というクソみたいなアニメ業界の習慣がとっとと廃れてほしい。
客がコンテンツにハマった時に熱が冷める前にきちんと稼いでほしい。
これの増田だけど
喫茶店にいったり公園にいったりも何度もしてるが毎回ページ開けないで本置いたまんまスマホ触り続けてる
完全にただの置物と化してる
フィクションじゃない他の本でもこれは同じ
映画とか映像コンテンツもよしこれ見るかと思ってもそこから手が止まってなぜか再生できない
新しいものじゃなくて昔好きだったドラマとか映画とか久しぶりに見るかーとか思ってもそれもやっぱり再生できない
ついこの前一本だけなんとか見れたけども
昔からとんでもない面倒くさがりでこういう傾向はあったんだけど最近特に悪化していると感じる
本当は困ってないんだろというようなコメもあったけど、うまく説明できないが現実逃避のためにフィクションに触れたいのにそれすらうまくできないから困ってるという感じ
現実が何も面白くないしめんどくさくてたまらないからせめて架空の世界を楽しみたいのにそれすら億劫ってもうどうしようもない
動物園水族館美術館もいってるし楽しいは楽しいけど毎回集中しきれないし周りの人間の些細な動きですぐに気が散るし帰る頃になるとどんよりした気分になる