モデルになった会社にとって素晴らしい宣伝になっていると思います。ゴジラに壊されたビルのような物です。
これが許せないとなると、まさか小説の内容は本当なの?!とかえって怪しまれるのでは???
とにかく、三作目にしてここまでちゃんとエンターテイメントに纏めるとは恐れ入りました。お勧めです。
怖い怖い。
ゴーフレット
https://font-da.hatenablog.jp/entry/2023/12/30/103256
生身の身体を持ち、苦しんでいる人々を前にして、哲学研究者が何をすべきかという問いである。哲学研究者の知的ゲームのために苦しんでいる人々を素材することは倫理的に許されない。そのことがわからない哲学研究者は、あくまでも論理の世界でのみ議論を展開し、人々にかかわる学際領域に踏み込まなければいい。
「苦しんでいる人々」を助ける結論であれば問題ないの?まさか結論次第で扱える・扱えないが変わる?もし結論に関わらず禁止するのであれば、「苦しんでいる人々」を誰が哲学的に考察するの?(「苦しんでいる」って何?苦しんでいる人がいない領域ってどこ?哲学は人を救わないといけないの?哲学が人を苦しませてはダメ?)
ジェンダーに限らず、社会課題を論じるのに哲学議論が必要なことも多いはず。ジェンダーだって従来から援用しているんだし。意見を違えた研究のみ「倫理的に許されない」とされるのはおかしいよ...。と思いました。
〇どこで何買っても似たり寄ったり
〇大して喜ばれない
子供じゃないんだから、お土産用お菓子の小分け用小袋一つ渡されても
なのにみんなこぞって買い求めるのはなぜなんだろう。
味はみんな同じだし。
そして夕暮れの行列のことを思い出した。
駅前を出るまで気付かなかったが、雨が降り出していた。
いつものようにタクシー乗り場に行くと、珍しく長い行列だった。
急に肌寒くなっていて、薄暗くなった夕暮れの雨には気が滅入った。
早めに着きたいのに、タクシーは一台もなかった。
しばらくしてやっと来た車に一人が乗った。あとは又待つだけ。
赤ん坊は高熱があるようで、毛布を懸命に巻き付けていた。
タクシーはなかなか来なかった。
「お先に…」と言いかけて、
私一人が譲ってもたいした意味はないと気付いた。
そして行儀よく並んでいる姿に少しいらっとした。
新発売のゲームソフト購入や評判のラーメン屋で行列をつくるのは自由だ。
しかし、それとこれを「行列、順番」で一括りにしてはいかんぞ!と思った。
「熱が高いの?」と声をかけると、心配そうに頷いた。
「寒くなってきているし、こんな所でグズグズしていたら、大変なことになるよ。
並んでいる人に、次のタクシーを譲ってくださいって云いなさいよ。お母さんなんだから」
『突然、なぜそんなことを言われなければならないの』とでも言いそうな不安げな顔で私を見るので、
「あなたがそう叫べば、みんな譲ってくれるから…」と再度促した。
決心した母親は列の前に進んで、大きな声でお願いをした。
ちょうどやってきた車に、先頭の男性が「乗りなさい!」と促した。
にしんがあれへんやん
↓Bingに3行でまとめさせたの書いて
言ってることがいちいち童貞くせーぞ
スーパーセンタートライアルの増田がバズってるけど、東京に住みたくて住んでる人間としてどの辺に東京の文化的な良さを感じているかを書いてみたい
美術館とか博物館とかそういうのじゃないやつだ 東京/都市部の文化という話になると馬鹿の一つ覚えみたいに美術館と博物館を挙げてきてそれはただの消費だろバーカバーカみたいに言ってくる奴が後を絶たないが、はっきり言って意味不明ですね
言うてまあ、ノア・スミスがだいたいのところは説明しちゃってんだけどさあ ここでは彼が語っていない部分を俺の主観に従って書きたい
参考: 「東京は新しいパリだ」/ノア・スミス https://note.com/econ101_/n/nc0b8535512ac
東京っつうのは江戸の跡地だから、江戸時代の街の構造が現代まで影響を残している まあ当たり前のことだけど、当時は基本的に高台に武家だの大名だのの屋敷があって低地には庶民の生活の場があったわけだ(上野とか入谷とか鶯谷とかがきったねえ街になってるのはそういうことだよね)
東京の高台っつうのはいわゆる武蔵野台地のことで、これは江戸城つまり皇居を端として西側に広がっている 台地と低地の境目部分は坂の多い街になっていて、そのへんはたぶん武家と庶民の生活が混じり合う地域だったんじゃねえかなという気がする そういうところは面白い街が多いように感じる 上野もそうだし、神保町とか御茶ノ水とか飯田橋のあたりとか、汚ねえけど日暮里の方とかだ 街ごとに個性と特徴がある 歴史を調べると色々な人間やエピソードが出てくる そういう街にある商店街の構造とか神社とか古い建物とかがどうしてこうなったんだろうと考えながら歩いてると文化っぽい気がするわけだ
あと武蔵野台地でも神田川や目黒川が入り込んでるあたりは川に向かって低地になっていて、その周辺にはやっぱり下町と同じ町民文化の臭いが残っているように思う 中目黒とか江戸川橋とかだな
完全に高台の方で旧東京市に含まれるあたりは分かりやすいハイソな街が多くて、土地持ちの家に生まれただけの勘違いセレブママみたいなのがベビーカーかチワワで風を切って歩いてたりしててまあいけすかない でも旧華族の庭園や屋敷に由来する施設がたくさんあってそれはそれで文化だなとは思うわ
江戸城の下町や旧東京市を越えた地区における文化はおそらく近代というか戦後にできてきたところなんだろうと思う その中でも、どっかのデベロッパーが計画して作った街じゃないところは文化を感じますね 中央線沿線とか蒲田とかの大田区の方ですね ちょっと左巻きがキツいところもあるけど独自の文化が歴史になってるのはいいですよね
逆に東急とかがデザインした系の街はいまいち気に入らないんだよなあ 最近の湾岸エリアの再開発系もそう あんなの地方のロードサイドのジオラマを東京近郊に持ってきただけだろって思う 麻布台ヒルズとかも同じだ 高級ロードサイドでしかないだろ 文脈がないロードサイドなんてマジで文化の欠片もないと思うわ
あと東京の郊外もダメっすね 歴史を上書きしてニュータウンを作りまくったけど新しい歴史が根付くことはなかったって感じがする
その中のカスみたいな一部として自分がいると実感できれば、その流れに貢献しようとか思えるわけです
そういう意味では東京である必要は特になくて、西日本の方とか、やっぱ何かしらの城下町が多いけど、東京に比べると規模は小さくてもそういう街ってたくさんありますよね そういうところも興味深いんですよ そういうところに住んでたらそれはそれで俺は満足だし文化的だなって感じると思う
でも仕事がないとか関東の実家の事情とか考えると住めなくて、結局東京以外に現実的な選択肢がねえなってなる そういう感じなわけです
東京に住んでても美術館だの博物館だのにはたまにしかいかねえけど、かといって文化を摂取してないとか郊外の暮らしと変わらないとかは全然思わないんです
とんかつなんてうちの父も食べてたよー。
体育会系のやつよりも素質はある
イイハナシダナー