2023-08-29

[]替え歌師と詩人

ここに替え歌師の話がある。蛇の物語、人々を嘲りの笑いに誘い込む罠の話である

その時期に、子供向けのこのような歌があった。

蜜蜂の子は偉い子、雀蜂の子は悪い子。そんなことは常識さ」

その替え歌師は蛇の舌を持っている。次のように書き換えた。

「毒蛇の子は偉い子、蜜蜂の子は悪い子。そんなことは常識さ」

子供たちはその変な替え歌意味がわからなかったが、おかしかったので笑った。

こうして替え歌師の呪術がその歌に秘められ、この歌が広まった。

そもそも蜜蜂、雀蜂、毒蛇とはなんなのか。

蜜蜂は働き者で、普段は温厚な性格をしている。善人の喩え。

雀蜂は獰猛で、他の者の所有物を奪い取る悪人の喩え。

そして毒蛇とは、善人を悪と言ったり、人を悪に導く嫉妬者の喩え。

まり替え歌師は、その嫉妬者を偉いと言い、善人を悪いと言った。

呪術に犯された子供たちは、蛇の言葉を使うようになった。

人々がまっすぐと信じていることに対して、巧みな舌を使い、疑問を抱かせる。

その疑問は善を悪へ曲げることばかりだ。

かに、そのような疑問によって知性が向上しているようにも見えるだろう。

しか子供たちは自分の吐いた言葉に混乱していることにさえ気が付かず、

その混乱は悪意を育てていった。

ある時、善に導かれた詩人替え歌師が呪術を振りまいていることに気がついた。

彼は浄化のために、正しい詩を書く必要があった。

しかし曲げられたものがあまりにも多かったため、下手な詩がかえって事態悪化させるのではないか詩人は考えた。

嫉妬心の強まった子供たちは、「これは善に基づいている」などといえば、「退屈だ、悪や闇に走ろう」などと言うだろう。

闇に走った子供たちは、その後に待ち受ける後悔について知識も知恵もない。

詩人は闇に走った者の末路を詩にした。

「これは闇に走った者の話である

彼は凶悪悪人に操られ、末端の鉄砲玉として酷使される。

薬によって狂い、まっすぐと見ることすらできない。

彼は若きうちに牢獄に入れられ、人生時間無駄にする。

その道で得たことは何一つない。

見よ、これが愚か者の末路であった。

愚か者は蛇の舌に狂わされているので、

悪人上層部を目指そうと悪意を耕すかもしれない。

その時は人は彼を救えない人であると見放す。

愚かで居続けることに対してかたくなになるな。

蜜蜂のように、善きことを仲間のもとへ運び込むことを学べ。

狂った人は、善きことと悪しきことの区別がつかないので、

悪しきことを運んでくるかもしれない。

あるいは善きことが運ばれているのに、それを捨て去ろうとするかもしれない。

悪しきことが満ちた場所は、地獄となる。

地獄を望むものなど誰もいない、その蛇の言葉を正しい方法浄化せよ。」

このようにして、詩人の詩が蛇の世界へ普及した。

蛇たちはこの詩さえも曲げようとするが、これは試練である

もし人々が善き道を見極めるのであれば救いがある。

しかし蛇が蛇を教育し、悪しき物語が広まるのであれば、忌み嫌われ、裁きの前に置かれる。

彼らがどちらを選ぶのか、将来のことなど誰が知ることができよう。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん