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藻谷浩介 その7 『デフレの正体』角川oneテーマ21

藻谷浩介 その7 『デフレの正体』角川oneテーマ21

 この本は、平成22年7月4日『読売新聞』書評欄に、公認会計士の山田真哉氏によって「統計から真実を読み取れ」と題して、紹介されました。同欄では、「統計を読みとることで様々な思い込みを排除することに成功している」とされていたので、読んでみました。

 結論ですが、著者が「私は無精者で、経済書やビジネス書は本当に数冊しか読んだことがないのですがp125」と述べている通りです。

 経済学的バックボーンがないと、全体像が歪んでしまいます

 経済学と、同書で述べられるような経済現象は全く別物です。前者は、後者がなぜ生じるか(メカニズム)を述べます。経済現象だけに目を奪われると、本質をつかむことができません

以下、解説します。

<勝った・負けたって何?>

P46-47
…無敵の商品力をむしりとっていく、もっと凄腕の宝石屋が世界にはいます。
フランスとイタリアは、近年一貫して対日貿易黒字なのです。…スイスが貿易、所得、金融サービス、特許料と、すべての分野で対日黒字です。

P204
…たとえばスイスは…日本から貿易収支でも、金融収支でも、観光収支でも、すべての分野で黒字を挙げています。

P50
 だって、ハイテク分野では日本にかないっこないフランスやイタリアが、人口でも日本の半分ほどしかない彼らが、ブランドの食料品と繊維と比較工芸品を作ることで、、日本から貿易黒字を稼いでいるんですよ。東北地方と大差ない人口のスイスなんか、医薬品に高級時計なんかもあって、人口比で見ればはるかに大きな黒字を稼いでいます。

P47
『フランス、イタリア、スイスに勝てるか』

P48
フランス、イタリア、スイス…彼らが買ってくれる日本のハイテク製品の代金よりも、日本人が喜んで買っている向こうの軽工業製品の代金のほうが高いので、日本が赤字になるのです。


<勝った、負けたで見てみると>

「貿易黒字はもうけ」の誤りは、このブログカテゴリ:藻谷浩介 日本政策投資銀行 その1・その2・その4で指摘したとおりです。

 その上で、藻谷さんのいう、勝ち負けにこだわってみましょう。  

数字出典 JETRO 2010年1-5月貿易統計

貿易赤字1

 くやしいですね、マレーシアに負けてしまいました。一人当たりGDPで日本の10分の1以下のベトナムや25分の1のミャンマーにも負けています。

グラフ出典:世界経済 ネタ帳[世] [画像] - 一人当たりの購買力平価ベースのGDP(USドル)の推移(2005~2010年)の比較(日本、カンボジア、ミャンマー、ベトナム、ウズベキスタン、カザフスタン、タジキスタン、ジンバブエ)


貿易赤字2

 くやしいですね。石油を輸入させてもらっている中東の国には、全敗ですね。経済制裁を受けているイランにさえ、負けました。彼らは、われわれに石油を輸出するくせに、われわれから工業製品を買ってくれません。


 でも、ちょっと待って下さい。次の国には勝っています。良かったですね。

貿易黒字1

[世] [画像] - 一人当たりの購買力平価ベースのGDP(USドル)の推移(2005~2010年)の比較(日本、ネパール、モルディブ、ブータン、パラグアイ、コンゴ(旧ザイール)、コートジボワール、カメルーン)

 勝ち負けで言うと、このようになります。馬鹿らしくて、お話になりません。

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genre : 学校・教育

藻谷浩介 その6 『デフレの正体』角川oneテーマ21

藻谷浩介 その6 『デフレの正体』角川oneテーマ21

 この本は、平成22年7月4日『読売新聞』書評欄に、公認会計士の山田真哉氏によって「統計から真実を読み取れ」と題して、紹介されました。同欄では、「統計を読みとることで様々な思い込みを排除することに成功している」とされていたので、読んでみました。

 結論ですが、著者が「私は無精者で、経済書やビジネス書は本当に数冊しか読んだことがないのですがp125」と述べている通りです。

 経済学的バックボーンがないと、全体像が歪んでしまいます

 経済学と、同書で述べられるような経済現象は全く別物です。前者は、後者がなぜ生じるか(メカニズム)を述べます。経済現象だけに目を奪われると、本質をつかむことができません

以下、解説します。

<小売額減少で、内需減?>

P53
 日本国内での新車販売台数は、00年をピークに01年から下がり始め…国内景気が絶好調とされていた06-07年には減少ペースが大きく加速しました。
…長期的な数字を見ないまま犯人探しをすれば、なぜ車が売れないのかについても、間違った結論に走りがちです。

P54
…日本経済全体の変調の一段面に過ぎません。…百貨店だけでなく、全国チェーンの大手スーパー、全国の無数の食品スーパー、それに通販会社の売り上げも…08年度は減少が始まって…12年です。

…国内の書籍・雑誌の合計売上が96年をピークに…減っています。
『小売販売額はもちろん、国内輸送量や一人当たり水道使用量まで減少する日本』

P56
・・・国内貨物総輸送量…00年度をピークに減っています。
…自家用車による国内での旅客輸送量(人数×距離)も…02年度をピークに減少…。
 これらの数字は日本経済のいわば基礎代謝を表す非常に基本的なものです。…こういう数字を無視して、あるいは日本人全員がお客である小売販売額を無視して…「景気」を論じるのって何だか倒錯していないでしょうか。

P58
…酒類販売量が、02年から落ち込み続けています。…以上、お互いに関係のない数字を挙げてきているようですが、実は皆同じ構造的な問題によって減少に転じたのです。

P78
『名古屋でも不振を極めるモノ消費』

P86『…日本中が内需不振』p87グラフも


小売所得と販売額

 として、個人消費の落ち込みと、小売販売の落ち込みとの相関関係を示します。

P90…日本中で経済が「衰退」している状況…「こいつは片隅の事実を誇張して自説を強引に正当化している」と決め付ける前に…同じ数字をネットで確認していただいて…じっくりお考えいただきたい…。
 

<数字を見ない暴論>

 そして、「モノもサービスも売れていない」と自説を展開します。

P67
…では「モノは売れていないが、サービスの売上はどんどん伸びている」というような事態が起きているのでしょうか。旅行産業を見ても外食産業を見ても、残念ながらまったくそんなことはありませんそれにそもそも「日本はモノづくりの国」でありまして、国内でモノが売れないところへ輸出(=外国へのモノの売上)まで急落して皆さんが困っているのです。


「モノは売れていないが、サービスの売上はどんどん伸びている」というような事態が起きているのでしょうか。旅行産業を見ても外食産業を見ても、残念ながらまったくそんなことはありません。」

 というのは、事実を知らないのか、あるいは、知っていて掲載しないのか、いずれにしても、人を惑わすだけです。

<日本は、サービス業の国>

 日本は、「サービス産業」の国です。
図47 東京法令出版 資料集『政治・経済資料』2008 p230
産業構造の変化 新.jpg

 このグラフにあるように,日本国内では,第1次産業→第2次産業→第3次産業へ産業構造が変化してきました。日本では,石炭産業が衰退し,繊維を中心とする軽工業から重工業にシフトし,そして,「モノづくり」から「サービス産業」にシフトしてきたのです。

 このような産業構造のシフトを、「産業構造の高度化」とか、「ペティー・クラークの法則」といい、どんな簡単な高等学校教科書でも扱っている内容です。

『「日本はモノづくりの国」でありまして』など、何十年前もの話です。

 日本の家計の総消費額の推移です。下の、三面等価の<C>部分、われわれ一人ひとりの消費の総額です。

三面等価 2008
  
出典内閣府 国民経済計算確報 13.家計の目的別最終消費支出の構成

2国内会計最終消費支出 2.jpg

注)この消費額は、「家賃の帰属計算」を控除(引く)する前の数値です。三面等価の数値より、見かけ上大きくなっています。

 日本の、家計消費額は、伸びています。そもそも、「小売」は減っているのですが、あるいは「モノ」消費は減っているのですが、家計はそのほかにカネを回し消費していることがわかります。

 著者の言うように「モノ」が売れていないとしたら、「サービス」が売れているはずです。

出典内閣府 国民経済計算確報 13.家計の目的別最終消費支出の構成
家計の目的別最終消費支出の構成.jpg


 一目瞭然です。筆者の言う「食料」や「アルコール」は確かに微減です。ですが、その分、他に消費が回っています。

 「娯楽・レジャー・文化」が倍増に近い伸び、「住居・電気・ガス・水道」が約10兆円も伸びています。これらこそ、「サービス」業なのです。「外食・宿泊」も伸びています。これももちろん「サービス業」です。「通信」も1.55倍になっています。

 これは、われわれの生活スタイルが変わったことを示します。車より、娯楽・レジャー、電気代(パソコンや、冷房や、 携帯充電、TVなどの機器の充実による待機電力増)、そして携帯やPCの通信代、それらによるゲームなどの娯楽、保険、医療に、カネが回っているのです。

 筆者のスタンスは、

P90…日本中で経済が「衰退」している状況…「こいつは片隅の事実を誇張して自説を強引に正当化している」と決め付ける前に…同じ数字をネットで確認していただいて…じっくりお考えいただきたい…。

 というものですが、どうも、筆者自身がそのようなことをしています。 

<追記>

 コメントを頂きました。回答いたします。

掲載の図13・家計の目的別最終消費支出の構成 は 全て、物価の変動を加味した実質値です。
最終消費支出 実質値 .jpg

再度、回答です。

 藻谷浩介さんの「小売販売額」が名目値ならば、筆者の「最終消費支出」も名目を使うべきではないかということです。 
 前者が名目値かどうか、『デフレの正体』からは分かりません。

 参考に、名目値を使うと、「家計の目的別最終消費支出」は、次のようになります。

国内会計最終消費支出 名目値.jpg
家計の目的別最終消費支出の構成 名目値.jpg

 サービス支出が伸びていることが分かります。

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藻谷浩介 その5 『デフレの正体』角川oneテーマ21

藻谷浩介 その5 『デフレの正体』角川oneテーマ21

 この本は、平成22年7月4日『読売新聞』書評欄に、公認会計士の山田真哉氏によって「統計から真実を読み取れ」と題して、紹介されました。同欄では、「統計を読みとることで様々な思い込みを排除することに成功している」とされていたので、読んでみました。

 結論ですが、著者が「私は無精者で、経済書やビジネス書は本当に数冊しか読んだことがないのですがp125」と述べている通りです。

 経済学的バックボーンがないと、全体像が歪んでしまいます

 経済学と、同書で述べられるような経済現象は全く別物です。前者は、後者がなぜ生じるか(メカニズム)を述べます。経済現象だけに目を奪われると、本質をつかむことができません

以下、解説します。

間違い部分は赤で示します。

P30
…日本の貿易黒字は中国の台頭…にもかかわらず年々増加傾向にあったし、世界の景気が良くなればまた回復する…。事実日本の輸出は09年1月を底に伸び始め、貿易黒字もまた拡大基調に戻っています。

P31
・・・日本が貿易赤字になるのは構造的に難しいのです。


<日本は、必ず貿易赤字になる>

 この、貿易黒字・貿易赤字の発生の原因は、われわれの貯蓄にあります。 「モノ・サービスという商品」のやり取りで黒字・赤字になるのではないのです。

 われわれの貯蓄についてです。私たちが,給料をもらったら,何に使うでしょうか。これには3つの使い道しかありません。「使うか,貯めるか,税金か」です。高校生がアルバイト代を1万円もらいます。6000円で服を買います。消費税は,5%なので,300円です。残り3700円は,預(貯)金します。ものすごく単純な例ですが,これですべてです。
 ここで,「貯める」というのは,使わなかったお金すべてを示します。それは,財布の中にあろうと,銀行預金になろうと,誰かに貸そうと,要するに,「使わなかったお金全部」のことを言います。
会社が使っても同じです。「モノを作るために,原材料を買ったり(飲食店のようなサービス業なら,食材を購入したり,従業員の服をそろえたり)するか,法人税や,消費税などの税を払うか,残るか」です。

 分配(所得)が,会社に回っても,個人に回っても,あるいは,北海道や札幌市のような地方自治体に回っても,すべて同じ結果になります。「使うか,貯めるか,税金か」です。この「使うか,貯めるか,税金か」を難しく言うと,「消費・貯蓄・税金」と言います。

 「消費・貯蓄・税金」=「消費を英語のConsumptionの頭文字C,貯蓄をSavingのS,税金をTaxのT」であらわします。すると、「C++T」という式になります。

 この貯蓄が、企業に貸し出され、政府に貸し出され、外国に貸し出される原資です。日本国の、三面等価の図を見て下さい。
(S-I)=(G-T)+(EX-IM)

三面等価 2008

2008 ISバランス.jpg

 国民の貯蓄超過がなくならない限り、財政赤字(G-T)+外国への貸し出し(EX-IM)は必ずトータルプラスで発生します。

チャールズ・ユウジ・ホリオカ『経済教室』日経H21.9.30
…では、今後はどのように推移するのであろうか。経済全体のISバランス・経常収支の推移は各制度部門の貯蓄と投資の推移に依存する…まず、貯蓄について考えると、今後人□がさらに高齢化し、日本は世界一の超高齢社会になると予測されており、家計貯蓄は一段と減少すると考えられる。

…経済全体で貯蓄が減少し、投資が増加すれば、ISバランスのプラス幅が縮まり、結局、経常収支の黒字も減少すると考えられる。つまり、01年以降のISバランス・経常収支の黒字の拡大は一時的な現象で、近く終息し、赤字に転じる可能性も十分あると考える。


<日本は、貿易赤字になる…>

東学 資料集『資料政・経2008』 2008年 p313
東学 資料集『資料政・経2008』 2008年 p313.jpg

 日本の貯蓄率は,先進国の中で,最も高い水準だったのです。その貯蓄率は,今後どうなるでしょうか。実は,日本の貯蓄率は,すでにドイツ・フランスを下回り,2020年には家計貯蓄率はゼロになると予測されています。

独仏を下回った日本の家計貯蓄率

櫨浩一『貯蓄率ゼロ経済』日本経済新聞社 2006年 p11 p106
櫨浩一『貯蓄率ゼロ経済』日本経済新聞社 2006年 p11 p106.jpg

2020年頃には家計貯蓄率はゼロに  

櫨浩一2006年 p106
櫨浩一『貯蓄率ゼロ経済』日本経済新聞社 2006年 p11 p106

 これもやはり,少子高齢化が影響しています。一般に,若いときは働いて貯蓄し,年をとってからは,その貯蓄を取り崩して生活します。高齢層の比率が高まると,若い世代は貯蓄をしても,高齢者世代が取り崩すので,全体として貯蓄率は低下するのです。

2008 ISバランス.jpg


 現在の日本では,左辺のSが高い(貯蓄率が高い)ので,右辺がプラスでしたね。2008年の民間貯蓄は,約126兆円,GDIの25%にあたります。しかし,この貯蓄率,特に個人の貯蓄率が低下しています。2020年にはゼロになることが予測されています

 そうすると,上記の式はどうなるでしょうか。左辺が縮小,もしくはゼロ,またはマイナスになります。財政赤字が少し減ったと予想してみましょうか。そうすると・・
日本貯蓄超過今後

 このように,左辺と右辺は必ず等しくなるので,日本は,必ず「貿易赤字」になります

 貿易赤字=資本収支黒字なので、外国から日本への投資が、増えることを示します。

P31
・・・日本が貿易赤字になるのは構造的に難しいのです。
ではなく、構造的に、貿易赤字になるのです。

藻谷浩介 『デフレの正体』角川oneテーマ21
「私は無精者で、経済書やビジネス書は本当に数冊しか読んだことがないのですがp125」


 高校教科書でさえ、ISバランス論には触れています。(カッコは筆者挿入)

清水書院『高等学校 新政治・経済 改訂版』H21.2.15 p146
…国内で生産されたモノが国内で消費(C)されず、また投資(I)されることもなく貯蓄(S)されると、経常収支が黒字となる…。…一方…貯蓄(S)が過少となっている国は、他国から流入する大量の資金(貿易赤字=資本収支黒字)によって投資(I)をまかなう必要がある。つまり、経常収支の黒字・赤字は、国際経済の問題であるとともに、国内経済の反映であるととらえることが重要であり、貯蓄(S)や投資(I)・消費(C)・財政(G)支出を含めた一国経済の経済バランスの均衡(ISバランスのこと)をはからなければ・・・。

 貯蓄を、その国の投資で使い切ってしまわない場合、かならず貿易黒字(資本赤字)は発生してしまうのです。

読売『G20 成長に軸足 新興国に内需拡大に期待』H22.6.28 グラフも

経常収支不均衡 予測.jpg

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藻谷浩介 その4 『デフレの正体』角川oneテーマ21

藻谷浩介 その4 『デフレの正体』角川oneテーマ21

 この本は、平成22年7月4日『読売新聞』書評欄に、公認会計士の山田真哉氏によって「統計から真実を読み取れ」と題して、紹介されました。同欄では、「統計を読みとることで様々な思い込みを排除することに成功している」とされていたので、読んでみました。

 結論ですが、著者が「私は無精者で、経済書やビジネス書は本当に数冊しか読んだことがないのですがp125」と述べている通りです。

 経済学的バックボーンがないと、全体像が歪んでしまいます

 経済学と、同書で述べられるような経済現象は全く別物です。前者は、後者がなぜ生じるか(メカニズム)を述べます。経済現象だけに目を奪われると、本質をつかむことができません

以下、解説します。

間違い部分は赤で示します。

<貿易は競争ではない>

P38
…実際には中国以下、アジアの擡頭(たいとう)で、日本の国際競争力は年々脅かされているのでは?
P39
厳しい国際競争にさらされているこの国なのに…。
P46
「日本の経済規模は10年以上も停滞しているではないか」…。…これらは国際競争に負けた結果ではありません。


企業と企業は、競争をしていますが、国と国は貿易において、競争の主体ではありません。個人と個人も、貿易(交換)で競争しているわけではありません

<貿易(交換)は、相互に利益>
貿易(交換)の原理

 貿易を通じて、「国と国が競争をしている」とか、「競争力」とか、「先進国に有利」とか、「中進国に有利」とか、一見すごくわかりやすいのですが、これらはすべてありえません貿易(交換)は相互にWIN-WINであり、しかも「輸出」ではなく「輸入」が目的です。この原理原則を外すと、「国際競争」なるものの正体不明の亡霊に一直線です。

貿易(交換)がなければ、われわれは、衣食住すべてを自給自足しなければなりません国民一人一人が、服を作り、米を作り、家を建てるのと、国民それぞれが、「服」作り、「農家」「大工」に特化し、得意分野を生産するのとでは、どちらが、我々の利益を増やすでしょうか。答えは後者です。

 我々は、「塾の先生」「銀行員」「パン屋」「ガソリンスタンド店員」「農家」「衣料品店」etcという仕事に特化しています。それぞれ、20万円という給料をもらったとします。
 「塾の先生」は、20万円という「サービス」を生産したことになります。「農家」は米という「モノ」20万円を生産したことになります。

 その後、我々は、この中から、電気、ガス、水道代、アパート代、食費、ガソリン代etcを購入します。自分が20万円分生産し、20万円分購入(貯蓄は別に考えましょう)するのです。これが貿易(交換)です。「自給自足<交換(貿易)」ということがすぐにわかることと思います。

 1日の労働時間が8時間として、その労働を、電気、ガス、水道、住居、食費、ガソリン、すべてそれらに振り分け、自給自足したら・・やろうと思えば可能ですが、非効率です。

 アルバイトでも同じです。一番自分にとって都合がよい(時給が高い、労働時間が適切、内容が自分に合っているetc)バイトに特化し、そこで1万円を生産し、その1万円で消費します。体は2つないので、どれか一つのバイトに特化します。

塾の先生2
 これが、 「塾の先生」と、「そのほかの労働者」間の貿易(交換)なのです。つまり、我々の日常生活そのものが、貿易です。

 貿易は、輸出(生産)ではなく、輸入(消費)が目的

<貿易(交換)の原理>

 タイガー・ウッズという有名なゴルフ選手がいます。ゴルフが上手なだけではなくて,おそらく芝刈りも上手で,2時間もあれば,庭をきれいにするでしょう。ただし,同じ2時間でナイキのコマーシャル撮影に出れば,1万ドルかせぐことができます。一方,となりには,フォレスト・ガンプという男の子が住んでいます。彼は芝刈りに4時間かかります。ウッズは,芝刈りをガンプにまかせ,アルバイト代を払い,その間ナイキのコマーシャルに出た方が,利益は巨大です。(この例は,マンキュー著『経済学』参照

 もっと身近な例で考えてみます。お母さんは,アイロンがけも,洗濯物たたみも,9歳の娘よりは早いです。9歳の娘はアイロンがけも洗濯物たたみも,お母さんより圧倒的に遅いのですが,どちらかというと,洗濯物たたみの方が早くできます。
 生産性(早く終わらす)を考えたら,お母さんがアイロンがけに特化し,娘が洗濯物をたたんだ方が,お母さんも娘もアイロンがけをし,洗濯物をたたむよりも,早く終わります。さらに,アイロンがけをすべてした後,お母さんも洗濯物たたみに加わると,もっと早く終わります。

 「比較生産費」「比較優位」論というのは,このような「効率追求」のことで,我々が,いつもやっていること
です。

 ウッズも、母親も、何をやっても上手なので、絶対優位(先進国)です。ガンプや女の子は何をやっても劣りますので、絶対劣位(後進国)です。でも、お互いに協力することによって、みんなが利益を得ています

 ガンプや女の子は、貿易(交換)によって、利益を得られないのなら、生活ができない(給料をもらえない)ことになります。

 先進国のウッズもお母さんも、例えば女の子が10人いる国(中国)に雇用を奪われるということはないことがわかると思います。これは「比較優位」の問題です。先進国がその雇用を後進国に奪われることはありません。後進国が雇用を独占することはありません

 各国の労働生産性の絶対的な違いは,貿易利益とは関係ないのです。ということは,ものすごく効率の悪い国が商品を作っても,貿易すれば,利益が上がるということです。本当でしょうか。
 信じられないくらい,効率の悪い=むだな仕事をしている国を想定してみましょう。

15リカード表.jpg

 この場合,イギリスの労働生産性の低さは致命的です。「どうしてこの国は,こんなに生産性が低いのでしょう!」誰もが怒りだしそうです。しかし,これでも,イギリスには「利益がもたらされる」のです。では,特化してみましょう。
リカード表16.jpg

 これをグラフにしてみます。
3435リカード図.jpg

 どうでしょうか。三角形が大きくなっています。生産量はそれぞれ三角形①・②で示した部分です。それに加え,③・④部分の面積が大きくなっています。生産量<消費量が成立しています。消費の無差別曲線も右上にシフトしています(U1<U3,U2<U4)

 労働生産性が極端に低いイギリスでも,貿易の利益を得ることができるのです。

自由貿易によって,全ての国が利益を得ることができる」のが,「リカード・モデル」なのです。「絶対優位」ではありませんでしたね。

<輸出増=輸入増>

 輸出の裏には,必ず輸入があり,輸入の裏には必ず輸出があるのです。ということは,「輸出を伸ばし,輸入を抑える」のは,理論上,不可能になります。

 輸出拡大には,生産量拡大が必要です。生産量拡大には,労働力が必要です。労働力はどこから持ってきますか?それは,比較劣位産業からしか持ってこられません。「比較優位な産業に特化しなければ,輸出は成り立たない」=「輸入をしなければならない」ということなのです。
輸出増=輸入増
 
輸出と,輸入がセットということは,輸出拡大と,輸入拡大もセットということです。

図50 浜島書店 資料集『最新図説 政経』2006 p309
浜島書店 資料集『最新図説 政経』2006 p309無題.jpg
棒グラフの左側は輸出,右側は輸入

 日本の貿易額は,年を追って拡大してきました。その際,「輸出の拡大と輸入の拡大」はセットになっていることがわかりますか?「輸出を拡大する=特化する」ということは,「比較劣位産業を縮小しなければばらない=輸入を拡大する」ことなのです。日本は,繊維製品(当初),鉄鋼,造船,家庭電化製品,自動車に特化する一方,繊維製品・石油・鉄鉱石・石炭・農業産品など,劣位産業を縮小し,輸入を拡大してきたのです。

実教出版 資料集『新政治・経済資料』p2008 p259
実教出版 資料集『新政治・経済資料』p2008 p259無題.jpg
 世界の中で比較しても同様です。「一人あたり輸出額の大きい国は,輸入額も大きい,輸出額が小さければ,輸入額も小さい」という相関関係がみてとれると思います。

 貿易の目的は「儲ける」ことではなく,「豊かに消費する」ことなのです。このことについて,ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)は,端的に,次のように述べています。

ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)『良い経済学悪い経済学』日本経済新聞出版社2008  P172

 実業界でとくに一般的で根強い誤解に,同じ業界の企業が競争しているのと同様に,国が互いに競争しているという見方がある。1817年にすでに,リカードがこの誤解を解いている。経済学入門では,貿易とは競争ではなく,相互に利益をもたらす交換であることを学生に納得させるべきである。もっと基本的な点として,輸出ではなく,輸入が貿易の目的であることを教えるべきである。


 ですから、
P38
…実際には中国以下、アジアの擡頭(たいとう)で、日本の国際競争力は年々脅かされているのでは?
P39
厳しい国際競争にさらされているこの国なのに…。

 というのは、完璧に誤解なのですが, 誤解のほうが、 「圧倒的にわかりやすい」ので、一般的に流布してしまうのです。誤解された主張が流布するのなら、その罪は大きいと言わざるを得ません。

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藻谷浩介 その3『デフレの正体』角川oneテーマ21

藻谷浩介 『デフレの正体』角川oneテーマ21

 この本は、平成22年7月4日『読売新聞』書評欄に、公認会計士の山田真哉氏によって「統計から真実を読み取れ」と題して、紹介されました。同欄では、「統計を読みとることで様々な思い込みを排除することに成功している」とされていたので、読んでみました。

 結論ですが、著者が「私は無精者で、経済書やビジネス書は本当に数冊しか読んだことがないのですがp125」と述べている通りです。

 経済学的バックボーンがないと、全体像が歪んでしまいます

 経済学と、同書で述べられるような経済現象は全く別物です。前者は、後者がなぜ生じるか(メカニズム)を述べます。経済現象だけに目を奪われると、本質をつかむことができません

以下、解説します。

間違い部分は赤で示します。

p189…技術開発は全力で続けて、日本企業には最先端に立っていただきたい。でも首尾よくそうなっても、稼いだ外貨が内需に回る仕組みを再構築しない限り、外貨が稼げずに死ぬということになる前に、外貨が国内に回らないことで経済が死んでしまうのです。

<絶対値or比率>

 稼いだ外貨なるもの(稼ぐという表現自体が間違いですが)を内需に回せということです(それが不可能なことは、カテゴリ:藻谷浩介その1その2で述べたとおりです)が、そもそも、日本の内需と外需の比はどのくらいでしょう?



GDPの三面等価を見てみましょう。

三面等価 2008

貿易黒字は,上図の(EX-IM)部分です。

日本は、とっくに内需型です。外需主導なるものが、そもそも神話です。
内需・外需

この棒グラフで、上のほうで、かぶさっているように見える赤いフタ。これが、「貿易立国?の正体=貿易黒字」です。

この10年間で、日本の外需(貿易黒字)のGDPに占める割合が一番多かったのは、2004年の1.93%です。同年の外需(貿易黒字)額は9兆6,260億円、GDPは498兆3,284億円(内閣府データ)です。
 リーマン・ショックに端を発した、世界的大不況に飲み込まれた2008年にいたっては、わずか0.145%です(外需7,356億円、GDP 505兆1,119億円 同)。

内需99.855% 外需0.145%

 この赤いフタ部分だけを抽出すると、下記のグラフになります。「日本は8兆円もの黒字を出している!」となります。
貿易黒字 1997~

 比較対象がないから、大きな数字に見えますが、「貿易黒字=1.67%」という割合は、体重60キロの人にとって、1002グラム相当です。無理すれば、2日で、ダイエットできる数値です。このような数字は、日本経済にとってほとんど「誤差」に均しく、この貿易黒字を「減らせ」だの、「内需拡大を」だのと言っているのは、体重60キロの人の100グラムについて、「あーだこーだ」と言っているに過ぎません。日本は、巨大な「内需」の国なのです。

 日本は、貿易で伸びてきたのではなく、内需拡大で経済成長した国なのです。

高度成長期の「内需・外需」
内需と外需

 高度成長も同じです。日本は、「内需拡大」したのです。「赤いふた=貿易黒字」どころか、1961年と1963年は、「貿易赤字」です。しかし、GNP(当時)は拡大しています。簡単に言うと、われわれの給与は「貿易赤字」の年も拡大しているのです。

 貿易(輸出)額の伸びを、この本では取り上げています。もちろん、

藻谷浩介 『デフレの正体』角川oneテーマ21P43
…日本は…韓国、台湾からも07年、08年と続けてそれぞれ3兆円前後の貿易黒字をいただいているのです。…稼いだ貿易黒字の合計は、00年に比べれば2倍以上に膨らんでいて…。


という、 「貿易黒字は儲け」なる間違い論の上に立ってですが。

グラフ・文p28~
 日本の貿易黒字は01年に8兆円だったのが、資源高がピークに達した07年には12兆円ですから…5割も増えたのです。
日本の貿易収支の年次推移.jpg

p30
 07年の輸出…史上最高の80兆円…。87年の円高不況のころに33兆円、バブル最盛期の90年にもわずか41兆円…21世紀になってからの急進でなんと2倍に増えたのです。

P35 
 86年…「日本は脅威だ」と騒ぐアメリカ上院議員…。今は「日本は終わった、今は中国が敵だ」と思い込んでいる…。08年の日本の輸出は円高不況の頃の2倍以上に増えていたというのに


 そもそも、GDPに対し、輸出額は、どのようなものなのでしょう。

出典内閣府 国民経済計算
GDP 貿易黒字 1980~.jpg

 07年の輸出は80兆円(数字出所が違います。藻谷:財務省 筆者:内閣府)です。86年当時(円高不況当時)の「なんと2倍」と驚いていますが、日本のGDP自体も伸びていますので、対GDP比で見ると、大した変化はありません

輸出額/GDP比.jpg

 確かに、07年の輸出額はバブル最盛期の2倍なのですが、それも、05年以降の世界経済の急伸期(特にアメリカ)に、急激に拡大した(トヨタの順利益が1兆円を超えたと騒がれていたころ)もので、リーマン・ブラザーズ・ショック以降、元のレベルに戻ってしまいました(09年は推計値)。

 絶対額は増加していますが、GDPも増えていますので、輸出額の割合は80年代初頭と変わりありません

そもそも、世界全体で、貿易額は拡大の一途なのです。
世界貿易額推移.jpg

 しかもこの20年間で、世界全体のGDPも、3倍になったのです。

日本経済新聞H21.8.16グラフ
日経21.8.16 世界GDP成長
 世界のGDP(我々一人ひとりのもうけ=所得の総額)は、20年間に約3倍になりました。昔、「一人当たりGDPが、1万ドルを超えたら、先進国の仲間入り」と言われましたが、今日、一人当たりのGDPは世界の平均で、「1万ドル」になりました
日経21.8.16 輸出入活発化
輸出入も、20年間に約4倍になりました。

藻谷浩介 『デフレの正体』角川oneテーマ21
P35
 傲慢(ごうまん)になることは避けなければなりませんが…ムードに乗って良い悪いを騒ぐのはやめ、客観的で議論の余地のない絶対数、すなわち輸出額、輸入額、貿易収支の額を冷静に眺め、そこから構造を把握するようにしていただきたい。学者ではなくても誰でもできることですし、むしろ学者などに頼らずに、関係者一人一人が自分で数字を確認すべきなのです。


 「構造を把握する」のに適しているのは、「輸出額の絶対値」ではなく「輸出額/GDP比」です。

theme : 間違いだらけの経済教育
genre : 学校・教育

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