サラリーマンを辞めて起業する前に知っておくべき5つのこと
10億円調達。どこかの若い起業家が創業間もないにも関わらず、そんな金額の資金を調達するニュースをよく見かけることだろう。
10万円ボーナスアップ。死に物狂いで働いて、その結果得た報酬。こんな身近な金額もまた、よく見かけるのではないかと思う。
新聞を読んでも、起業家をもてはやす風潮の記事が毎日のように載り、事業で世界を変えることを目指さないことは悪とでも言う論調も少なくない。
私はどっぷり普通のサラリーマンを長年続けていた。転職も経験したことがある。そして、今起業して自分の会社を経営している。今のところ、日本の新聞を賑やかすような◯億円の調達!上場!というところまでは行ってないが。小さくとも経営者ではある。
そんな私ではあるが、起業家の中ではかなりサラリーマンのことを熟知していると思う。長年やっていただけに。そんなこんなで、こんなタイトルのブログを書いてみた。また、過去何年にもわたって、様々な起業家と会ってきた。日本、アジア、アメリカ、欧州。その数1000人はくだらないだろうか。そこから得られたことを書いてみたいと思う。
私は37歳で起業した。自ら言うのは相当抵抗があるが、世間一般に言うならば、中年起業家と言うんだろう。当時、2人の子供がいた。またそれに加えて起業したのが、日本ではなくいきなり海外だ。場所はシンガポール。そういうことで、付け加えるなら、中年イクメン海外起業家と表現出来るのかもしれない。
さて、
もしあなたが10年くらいサラリーマンを続けていて起業を迷っている。10年くらいサラリーマンを続けていて創業間もない企業への参画を迷っている。10年くらいサラリーマンを続けていて、この先の将来が不安で気持ちが暗くなっている。
そういう20代後半から30代後半の方々(もしくは40代)なのであれば、これから書くことを知っておいて損はないと思う。
1 あなたには、今もらっている給与の価値はない
のっけから、カウンターパンチを浴びせたことを言うが、現実である。
あなたの価値は、今もらっている給与の価値はありません。
野球に例えて言うならば、あなたの価値ってものは安打数ではなく、打率だ。上下するのである。起業したとして、創業間もないスタートアップにジョインしたとして、あなたの価値は、今もらっている給与の価値より確実に低くなる。
今もらっている給与が50万円か、100万円か、どのレベルなのかは分からないが、その給与がなぜ発生するか? 会社(おそらくある程度大きいだろう)全体を効率的に動かしていくための、一部の役割を推進することの効率性を追求し続けた業務をあなたはこの10年担ってきているはずだ。その限定された役割を効率良くこなすからこそ、会社全体が産み出す利益の中から、あなたのその価値=給与が生まれるのである。
しかしながら、そこで追求した効率性を上げるスキルは、ゼロから価値を産み出す際に、多くの場合役立たない、残念ながら(もちろん役立つスキルもあります)。
繰り返しになるが、あなたの価値は、今もらっている給与の価値ほど高くない。しかし、これは何もあなただけに当てはまるわけではない。
起業であれ、創業間もないスタートアップへのジョインであれ、今もらっている給与分の付加価値を即座に出すなど、ほとんどの人が出来ないのだ。
仮に100万円の給与を欲しいのであれば、月に300万円の売上を最低限は弾き出さなければ、その給与には届かない。単なる個人事業主や、プロブロガーなどで良いのであれば、売上はもっと少なくても良いが、事業によって、変革を起こすことを目指すのであれば、その後の事業投資、人材を採用することによって会社を大きくしていくための余力を会社に残す必要があるからだ。会社はオフィスの賃料、パソコンなどの機器、事業を進めるために必要不可欠の外注費、広告費など様々な経費がのしかかってくる。大雑把に言って、欲しい給与の3倍稼がねば、その給与は手に入れることは出来ないと考えたほうがいいだろう。
逆の見方をすると、仮にこれから成長する企業に飛び込み、今の半分程度の給与レベルになったとしよう。半分になることを容認できるのは、もちろん将来のリターンを期待しているからできるのだが。そんなとき「自分の実力の半分も出せば、この給与分の付加価値は出せる」などという価値観は即座に捨て去るべきだ。新しい境遇では、今までの半分の価値すらも出せていないことの方が多いのだから。
いや、そんな価値観は持ちあわせていない。
多くの人はそう「思う」かもしれない。しかし、残念ながら10年もサラリーマンを続けていると、自分が思わなくとも、行動がついていかない場合が極めて多い。行動が、俺/私は本来もらうべき給与をもらっていないから、実力を発揮していないだけ、ということを表してしまうのだ。そんな時はこんな映画をおすすめしたい。「俺はまだ本気出してないだけ」
納得の行かない状況という理由で、全力を出しきれない人間は、満足の行く環境に行ったとしても、全力を出せはしない。
2 自らの役割を規定してはいけない
通常の会社に勤めていると各人には役割というものがある。それなりに大きな会社の場合には、自分の役割を超えたことをやろうとすれば、他の組織から釘を刺されることも少なくない。よって、サラリーマンという職業で長年働くと、自らには役割というものが存在し、その中での効率性を追求するというDNAが出来上がってしまう。
このDNAが起業や社会の変革を目指すと謳うスタートアップで戦う際には、非常に邪魔になる。起業をする場合、創業まもないスタートアップの一翼を担う場合、役割などあってなきが如しである。自らの得意分野から派生する「大きめ」の役割を勝手に規定し、それの付加価値の最大化を図る。それはとてつもなく典型的なサラリーマン的DNAなのである。
青天の霹靂的な役割をも模索し、推進し、転げまわる。日々思いもよらない役割を開拓し続ける。そうした領域へ、毎日毎日、いや、毎時間毎時間踏み込む事こそが起業するということであり、スタートアップに参画するということである。
自らの得意分野から派生する「大きめ」の役割を推進するということは、決して悪ではない。例えて言うならば、売上100億円の会社を110億に成長させるためには、そうした人間が何人もいなければ達成できない。一方、100万円の売上の会社を1億円にしようとする場合、「自らの得意分野から派生する大きめの役割を推進するだけの人」というのは、残念ながらほとんどの場合、役には立たない。
起業して推進していくためには、これまでの経験で培ってきた行動原理そのものを変えなければやっていけないのである。
つまり、あなたの業務には終わりはないのである。やってもやっても、次から次へとぶち当たる壁を登り続けなければならない。まったくお門違いの壁がいくつも立ちはだかる。それを楽しめる心理状況へと変わらなければ、やっていけないだろう。
敢えて規定するとすれば、それは、役割を決めないこと。そうなるだろう。
3 ベストではないと承知でも、やらなければならない
ベストかどうかなどどうでもいい。マーケット調査や、ニーズ調査さえもどうでもいい。マーケット調査やニーズ調査が少し必要なのは、投資家向けに、ファンドレイズを募る時くらいである。しかもそれは創業経験のないコーポレートファンドのような投資家向けのプレゼンにおいて必要なだけであり、辛酸を舐めた創業経験がある投資家相手には、浅はかな調査など逆効果となる場合も多い。むしろ古典的ではあるが、パッションの方が重要である。いや、最も重要なのは、「覚悟ある行動」である。気合などカスの役にも立たない。
ベストでなくとも良いとは言わない。だが、ベストなものを待つ必要はない。今日、今、考えられうるものの中で即座に実行可能なものを行う。直感的にベストではないかもしれない、と、そういう感覚をあなた自身が持つものでも、やらなければならない。ベストチョイスなど選ぶ必要はない。問題は、選択したものをベストにすることだ。
ここで実行可能なものという言葉を使った。今すぐに実現出来ないアイデアなど、それを考える時間が無駄である。
これがこうなれば、こういう風になって収益が上がるんです。巷には仮説思考という考えがもてはやされているが、こと創業期のスタートアップにおいて、仮説などというものはほぼ役に立たない。こうなれば、こうなる。そんなふわふわとした考えなど1日実行すれば、まったく的外れなことだと分かる。
ボールを投げれば落ちる。
それくらい確実に起こることを積み上げた戦略、戦術を実行していかねばならない。
ここにおいて、サラリーマン経験というのは、大きな障壁となる。通常の場合、如何にベストを選ぶかということに付加価値があるからだ。如何にベストを選び、失点を少なくするか。それが組織では求められる。ベターな選択で、早いが少し減点をくらうことをやるよりも、3倍の時間をかけてでも、よりベター(ベスト)な選択をし、それをゆっくり確実に推進することが求められる。
しかし、起業した場合、そんな悠長なことは言ってられない。毎日毎日資本金が減っていく。10万、20万といともたやすくなくなっていく。
とくにもかくにも、ベストでなくとも、今ある全知全能を使ったベターチョイスを選択し、推進し続けなければならないのだ。
この戦略は将来会社にとって大きな利益を生み出す可能性がある。そうした大きな戦略も重要である。そして、そうした類のものこそ、知的好奇心を刺激し、面白さを感じる部分ではある。しかし、それが明日、利益をもたらす可能性が極めて小さいものなのであれば、そんなことは睡眠時間を削って夜中にやればいい。
太陽が登り、他の会社が動いている昼間にやるべきは、明日の利益を生み出すものだ。
ここでも誤解しないで頂きたいのは、超短期的な利益志向になれ、ということではない。一度資金調達に成功し、次のバリエーション向上に向けユーザー数を1人でも増やす事こそが、今しなければならないのであれば、それをのみ追求するということも言える。それそのもが利益を出さずとも、確実にそれを増やすことが企業価値向上に繋がることが見えている場合には。
4 今日やらねば無価値
明日はない。
明日、さらにより良く実行する。それもない。
今日である。今である。
明日のほうが今日よりもうまくやれることを、明日やってはいけない。分かりやすく点数で表現するならば、今日やれば50点しか出せないことがあり、明日やれば、80点くらいのことを行えることがあるとする。
その場合、今日全力で50点取りに行くことの方が重要である。明日実行して取る80点は、実は付加価値はゼロに近い。大学生で例えるならば、一夜漬けでテストを受けてなんなく単位を取るよりも、そんなものはほっぽり出し、今すぐに始めることができる事をやり始める必要がある。
今日やるべきことは、今日やらねば無価値である。
今やるべきことは、今やらねば無価値である。
明日はない。
今日やりきることこそが、価値である。その積み重ねが会社としての強さになる。
準備はもちろん重要である。しかし、用意周到は必要ない。無謀に今やれと言っている訳ではない。今の全知全能を使い、3分いや1分で何をするべきかを見定め、その直後にそれを実行する。一夜漬けして、よりよい戦略を練ることなど、まったくもって必要ない。
役割が定められ、その役割の付加価値を最大化するために、1週間、1ヶ月かけて、限定した物事に取り組む。
決められた期限までにそれを遂行し、その付加価値が高ければ高いほど、付加価値が高くなる。
実は起業したら、そんな価値観はほとんど必要ない。
毎日会社の状況は変わる。今、重要だと判断されることを、今、やらなければならない。状況に応じてコロコロ変わる。右往左往しろと言っているわけではない。変えてはいけないプリンシパルも必要である。
物事を達成するために、こういうやり方をやった方がいいなどということはない。こうやらなければならないということもない。そこに正解はない。正解は、今やり始めることである。今日実行したことが、明日正しかったのか、間違いだったのか、どう改善すれば良いのかと分かるようになることである。
今日やらねば、無価値なのである。
5 自分の限界を超えたラインを張れるか?
私の座右の銘の1つは、「成し遂げたければ言いふらせ」である。
役割の価値を最大化することに慣れてしまった人は、半年に一度の人事考課くらいにしか、目標を口にしない。しかも、そうした場所で語られる目標は守りの目標である。自分が実行可能で、最大限会社という組織のためになることを、目標として設定するのである(当然ながら)。世の中を変えることなどを目標に設定したりしない。出来そうにないことも目標設定しない。
しかし、起業するということは、出来る事をやることではない。社会が必要とすることをやり切ることである。変革するために必要なことを、どうにかすがりつき、やり抜くことである。現在地から見える景色を見るのではなく、目標とするものを見るために必要なことを見出し、歩き始めることである。毎日自分の限界を超えたラインを、再設定し続けることである。
さて、あなたは今までに自己投資でいくらつぎ込んだことがあるだろうか? サラリーマン時代に、将来の自分に向けた投資として、いくらつぎ込んだことがあるだろうか? 英語でも中国語でも、会計でも、留学でもなんでもいい。せいぜいが10万円? いや100万円つぎ込んだ人もいる? 起業するとは、毎月100万円つぎ込み続けるようなものだ。それも事業の進捗につれ、つぎ込む額が大きくなっていく。
起業を考えている。
創業まもないスタートアップへの参画を考えている。
その前に、会社を休み、サボり、やろうとすることに向かって50万、100万、つぎ込んでみることだ。それすら躊躇するならば、役割の付加価値を最大化する生き方を続けた方がいい。
いざとなれば、俺/私は変わる?
いや、残念ながら、何十年も生きて来た人間は、そう安々と変わらない。
人間が変わるのは、行動を起こした翌日からだ。
人間が変わったら、行動し始める。そんなことは起こりはしない。
起業しなければならないなんて思わない。大きな組織を動かし、大きな社会的なインパクトを与える仕事は多くある。それを推進するためには、何千人、何万人という人を率いるリーダーシップが必要となる。数が多い方が意義があるわけではないと思う。10人のチームを率い、会社の危機を救うリーダーもいるだろう。
大企業の社長であれ、中小企業の社長であれ、中間管理職であれ、そしてスタートアップであれ、それぞれの立場で出来る変革がある。
サラリーマンを辞めて起業するということ。
やってみなければ分からない。そして、やってみて分かったことは、ゼロを1にすることと、100を110にすることは確かに違うということである(当然である)。
サラリーマン時代に、100を110に、130に、いや150にすることを追求してきた。それも意義があり、面白かった。そして、今毎日0を1にすることに奮闘している。それもまた、面白い。
どちらを選ぶか。そこには正解などない。正解を気にする人は起業などするべきじゃない。起業にはおそらく永遠に正解は訪れない。どちらを選ぶか。それは自分自身の生き方次第だ。
2014.4.29 Diixi Founder and CEO 小林慎和