
Degas(デガス)のCEO、牧浦土雅(30)の視線は、一直線にアフリカの農業に向かったわけではない。
ルワンダで事業を立ち上げたのは10代の一時期で、その後はドローンや東南アジアでのデータバンク事業など、テック系のビジネスに関わった時期もある。彼が農業に立ち戻った理由は何だったのか。
動画撮影し2日間徹夜でDVDにコピー

牧浦は2011年、教育関連のNGOを立ち上げるためルワンダに入国した。当時はルワンダと言えば1990年代のジェノサイドのイメージが強く、家族は非常に心配したという。
しかし実際にはジェノサイド後、新政府が「アフリカの奇跡」と言われる急速な経済成長を成し遂げており、治安も比較的安定していた。
「インドでのボランティアも経験していたので、ルワンダを見ても驚きはありませんでした。ただ首都にはビルが立ち並んでいても、一歩市外に出れば貧しい農家が散在し、インフラも未整備の地域が広がっていました」
牧浦が任されたのは、都市部にいる優秀な教員の授業を動画撮影してDVDを作り、地方の学校に配る事業だ。
「17歳の若造」が教育省とやり取りして事業のライセンスを取得し、教員を見つけて動画を撮影。2日間徹夜でDVDにコピーし続け、バイクタクシーとバスに乗って地方の学校に運ぶ。現地の過酷な気象条件や未舗装道路の長時間移動、徹夜作業などにも若かったからこそ耐えられた。
「失うものが何もない学生で、体力もあり余っていたからできたんでしょう。環境の厳しいアフリカでの事業に必要なのは、突き詰めれば体力と言っても過言ではない。Degasを創業したのは24歳でしたが、それでも遅かったと思うくらいです」
10トン単位でトウモロコシを買い付け

DVDを配布するため地方に行く機会が増えると、農家の様子が目に留まるようになる。家にある小屋には、前の収穫期に売れ残ったトウモロコシが大量に積まれ、余っていた。
しかし首都に帰ると、国連機関のスタッフが「コンゴから来た難民に配るトウモロコシが足りない」と嘆いている。
「ならば、余っている地方から足りない都市部へ食料を届けよう」
牧浦は教育事業の傍ら、国連機関と穀物を輸送するためのプロジェクトを立ち上げた。農村で10トン、20トン単位のトウモロコシを買い付けて支援食料として納品する。最終的には同じモデルが他国でも展開されるようになった。
途上国の食品ロスの大半は、農家が市場から遠い、作物を長期保存する手段がないなどの理由で、出荷前に作物が傷み廃棄することで起きる。牧浦がルワンダに滞在していたのは半年ほどだが、立ち上げた事業は、農家に収益をもたらすと同時に難民の食料も確保し、さらに食品廃棄を減らすことにもつながった。
しかしギャップイヤーを終えて入った英国の大学では、失望することが多かった。経済学を専攻したが「知って損はないが実用的だとは思えなかった」。貧困や格差に関するディスカッションも「ままごとにしか見えない」といら立った。
「議論するより現場に行ったらどうか、とむらむら怒りがわきました。大学で教える方法論で、どこまで世界が変わったのかという疑問もありました」
結局、大学は中退。ただ講義も「ままごと」かもしれないが、自分の活動もボランティアに毛が生えた程度で、事業と言えるレベルにはないという自覚もあった。そこでまずはアフリカを離れ、ビジネスのスキルを身につけようと考えた。
「途上国で一番求められているもの」は何か
「昔から最新のテクノロジーが好きだった」という牧浦は、大規模なドローンレースを主催するなど、さまざまな事業に関わる。東大の空間情報科学研究センターと協力し、タイでGPSの位置情報を都市開発に活用する実証実験に取り組んだこともある。

「貧富や国籍に関わらず、人が等しく持つのは『データ』だと考えたんです。途上国の人が牛を何頭連れてどこへ移動したという情報も無形資産になりうる。行政などにデータを提供すれば、人流の多い場所に病院を立てたり、交通インフラを整備したりもできます」
ブログでエンジニアを募って位置情報を管理・分析するためのアプリを開発し、企業を招いて実験結果の報告会もした。
しかし結局、このモデルは事業化には至らなかった。人流解析に必要な数十万人規模の位置情報を収集するのが難しく、投資を回収できる見通しが立たなかったのだ。さらに牧浦には「これは、本当に途上国で求められるサービスではないかもしれない」という思いもあった。
「途上国で生み出すべきなのは、1を10にするサービスではない。事業をするなら電気のない場所に電気を通す、農家の所得を高めて子どもが全員中学まで進めるようにする、といった、0を1にするサービスにすべきだと考え直したのです」
ただテックビジネスに関わった経験は後年、Degasでアプリを通じて農家を管理し、蓄積したデータを活用する仕組みに生かされた。タイでともに活動したエンジニアの一人は今、Degasのメンバーとなっている。
国連とサービスを共同開発

その後、牧浦は久しぶりにルワンダを訪れる。現地の農家は「悲しいことに、2011年当時とほとんど変わっていませんでした」。
そこで牧浦はもう一度、「農家の前に山と積まれたトウモロコシ」の問題に立ち返る。収量の多い地域から需要の多い地域への輸送を効率化するため、農地の人工衛星画像を解析して収穫量などを予測するサービスを国連と共同開発した。
サービスの実装に向け、南アフリカからルワンダ、ケニア、ガーナとアフリカ大陸を北上して農家をリサーチした。しかし農家は、サービスの内容にはあまり関心を示さず、一様に「そんなことより」と言った。
「そんなことより、売れ残ったトウモロコシを買ってくれ」
「衛星画像はいいから、農業資材をくれ」
「水路の整備をしてくれ」
「結局、衛星などより泥臭いデマンドがたくさんあったんです。それを無視して画像解析サービスを事業化し、輸送網を確保しても、一番大きなメリットを受けるのはバイヤーで、農家への恩恵は薄まってしまうんじゃないか」
むしろ農家を直接支援しよう。そのためにこそ、タイの実証実験で培ったアプリ開発や、衛星画像解析の技術を使うのだ—— 。過去に関わってきたテックの領域が、農家支援という一つの事業に収斂された。
小規模農家×テック×アフリカというビジネススキームは、こうして生まれた。
伸びしろの大きさ見据え起業をチョイス

牧浦は2018年、Degasを設立する。ガーナを拠点に選んだのは、政治や治安が比較的安定していて人口も適度に多く、アフリカの中では比較的ビジネスがスムーズに進みやすそうだったからだ。
一時は、農家にお金を渡すマイクロファイナンスを試みたこともあった。しかし連載第1回で紹介したように、最貧困層の農民は返済に対する意識が希薄で、「10ドル渡して『半年後に12ドルで返してね』と言っても、期日の迫った借金返済や子どもの学費、さらにはめったにない臨時収入を得て外食や買い物をしてしまうなどして、すぐ使い切ってしまう」。
結局、資材やスキルを提供し収穫物で返済してもらう、という「貨幣経済が発達していないアフリカでは昔から行われていた」仕組みに落ち着いた。
事業を立ち上げる際、NPOなど非営利の形を取ることも考えたが、将来的に事業をスケールアップさせることを考え、営利企業を選択した。
「事業の最終目的は、世界の小規模農家を変えることなので、途方もない資金とマンパワーが必要になるのは分かっていた。利益を農家だけでなく投資家にも還元し、より多くの投資を呼び込めるよう、株式会社の形態をとるべきだと考えました」
非営利セクターには、教育支援や緊急性の高い人道支援、災害援助など「非営利にしかできない仕事がある」とも強調する。
「国際機関が民間にもできる事業に取り組んでいるケースも多い。非営利セクターと営利セクターの役割分担は、もっと明確にすべきだと思います」
Degasは農業支援を軌道に乗せた2023年、脱炭素事業に進出。小規模農家×テック×アフリカに「環境」という新たなファクターを掛け合わせようとしている。
技術の恩恵から最も遠いようにも見える途上国の小規模農家に、最先端の農法を普及させることが、果たして可能なのだろうか。
(敬称略・第4回に続く)
(文・有馬知子、写真・伊藤圭)
有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。




















