
- 2026年に入って2度、金(ゴールド)価格は大きく下落した。特に、3月中旬はイラン情勢悪化の中で起こった。
- かつては“有事の金”と言われたが、この数年でゴールド市場の構造に何か変化があったのだろうか?
- 国際決済銀行(BIS)は、最近のゴールド市場について、貴重な示唆をレポートで提示している。
「有事の金(以下ゴールドと表記する)」という言葉を聞いたことがある読者も多いだろう。戦争や災害、伝染病、金融不安などの大きなショックが起こるとき、ゴールドは安全資産として買われやすい――そう信じられてきた。
2026年に入ってから、1月末と3月中旬にゴールド価格は大きく下落した(図1)。特に、3月中旬の大幅下落はイラン情勢悪化の中で起こったため、通例とは異なる動きにもみえる。
図1 2026年の金(ゴールド価格)の推移

この数年でゴールド市場の構造に何か変化があったのだろうか?
国際決済銀行(BIS)は、最近のゴールド市場について、貴重な示唆をレポート(BIS Quarterly Review、December 2025 / March 2026)で提示している。
① ゴールドが株式と同時に大きく上昇する異例の局面となったこと
② 個人投資家主導の資金流入が、価格上昇を後押しした可能性があること
③ レバレッジ型商品の利用拡大が、急落局面で下落を増幅した可能性があること
こうしたBISの指摘は、伝統的な安全資産で値崩れしにくいという印象の強かったゴールドも、今後は価格変動が大きくなりやすい構造へ移行しつつある可能性を示唆していると筆者は解釈している。
1. 過去に類をみないゴールドと株価の同時熱狂
ゴールドは利子や配当がつかない資産のため、実質金利の上昇や米ドル高の局面では、ゴールドは売られやすいというのが定説だ。
しかし、2023〜25年のゴールド相場は、このパターンには必ずしも当てはまらない動きとなった。2022年以降のFRBの大幅利上げによって実質長期金利が高止まる中、米国株(S&P500)とゴールド価格は双方とも大きく上昇した。
1970年以降の半世紀超の騰落率をみると(図2)、ゴールド・S&P500が揃って2桁の上昇率を記録した年は16回あり、極めて珍しい現象ではない。
しかし、2023年から2025年の3年連続でゴールド・S&P500が2桁上昇を記録したケースは初めてだ。しかも、2025年のゴールド価格の上昇率は1979年に次ぐ過去2番目に高い伸び率となり、S&P500を大きく凌駕し、3年目の2025年には上昇率がさらに加速した。近年の状況は過去に類を見ないと言える。
図2 ゴールド価格とS&P500の年間騰落率

2. ゴールド価格への影響力が増す“個人投資家”
2025年のゴールド価格の大幅上昇の背景について、BISはゴールドに資金を投入した個人投資家の存在が大きいと指摘している。
近年、ゴールド投資の人気は個人投資家の間で急速に高まっている。コロナ禍以降のインフレ進行による通貨価値の目減り、度重なる地政学的なリスクへの不安から、「資産の一部をゴールドで持ちたい」という守りのニーズが強まったことが考えられる。
加えて、ETFや公募投信、純金積立などを通じて少額から簡単に買えるようになり、ネット証券で手軽に投資できる環境が整った点も大きいだろう。
こうして、個人投資家からの大量の資金がゴールドに流入した結果、ゴールド価格はファンダメンタルズ(実需や長期的な価値)では説明しにくいレベルまで急上昇し、統計的にも過熱の兆候が示唆されると、BISは分析している。実際、2025年からのゴールドへの資金流入データをみると、個人投資家からの流入が機関投資家を上回るペースで増えていることがわかる(図3)。
図3 ゴールドへの資金流出入額・投資家別(2025年3月末以降の累積)

こうした状況を踏まえると、2026年のゴールド価格急落の要因の一端がみえてくる。ゴールド価格は1月中に史上最高値圏まで高騰したのち、2月初頭にかけて急落した。米ドルや金融政策の先行きに対する市場予想の変化(タカ派寄りと受け止められたFRB議長人事報道や強いインフレ指標[PPIなど]を受けた利下げ期待の後退)が要因とされたものの、それだけでは説明しにくいほどの下落だったため注目を集めた。
この背景について、BISは「レバレッジ型ETFや先物取引といった、少ない元手で大きな取引ができる商品が個人投資家に広く使われていた可能性がある」と指摘している。これらの商品は、値下がりで損失が一定以上に膨らむと、投資家の損失拡大を防ぐためにポジションを自動的に決済(売却)する仕組みを持っている。
そのため、2026年1月下旬にCME(Chicago Mercantile Exchange)が金先物の証拠金(必要な担保)を引き上げてゴールド価格が下がり始めた際、その自動売りが一気に増えた。その結果、多くの投資家に追加の担保(追証)が求められ、損失回避のための売りが相次ぎ、下落に拍車がかかったと考えられる。
3. イラン情勢悪化がゴールド売りを引き起こしたワケ
その後いったん持ち直したものの、2026年2月末からのイラン情勢悪化後、戦争という大きなショックが発生する中で、ゴールド価格はいったん上昇する局面もみられたが、3月中旬に急落した。第2次中東危機が起きた1979年のゴールド価格は2倍以上も上昇しており、「有事だから金は上がる」と考えていた人ほど、現実とのギャップに驚いたことだろう。
この要因は、原油高によるインフレ懸念が米国長期金利上昇・ドル高観測を高め、利息のつかないゴールドに逆風となったことが考えられ、これは通説に沿った動きと言える。
しかし、ここ数年は金利が高止まりする中でもゴールド価格は上昇し続けてきたこともあり、これだけで今回の下落を説明できるとは言い難いと筆者は考えている。
前述の構造変化を踏まえると、そもそもゴールドが過熱感の強い高値圏にあったため、通例とは異なり、“有事”が売りの引き金になった可能性があると見られる。
イラン情勢悪化時点で、個人投資家からの大幅な資金流入などから、ゴールド市場には過熱感がまだ残っていた。そのため、株式やクレジット市場の混乱で損失が膨らんだ分を補填するため、現金を確保するためのゴールド売りが起こったのではないか。前述のレバレッジ型ETF利用拡大も重なり、これを契機にゴールド価格の下落が大きくなったと推察している。
4. 2026年のゴールド相場からの教訓
今回の一連の動きから、個人投資家が押さえておくべきポイントは次の3点だ。
① 「有事=ゴールド高」の通説に依存しすぎないこと
過去の経験則は、現在の市場構造(個人投資家によるレバレッジ型・先物への資金流入増)とは整合的でない局面が今後増える可能性がある。
② 「なぜゴールドが買われているのか」を常に意識すること
インフレヘッジ、ドル安ヘッジ、安全資産需要など、ゴールド価格の変動要因は多く存在し、局面によっても要因は異なる。その違いによって、同じ“有事”でも、その後の値動きは大きく異なる可能性がある。
③ ゴールドの過熱感を確認すること
有事の際の値動きを左右するのは、ニュースそのものだけでなく、「そのニュースが出る前にどれだけ買いが先行していたか」である。
ここ数年の動きを俯瞰すると、個人投資家の投機的な資金と、レバレッジ商品の自動売買などの市場構造の変化により、ゴールド価格の変動が過去よりも大きくなりうることが示唆される。
筆者は、これまで言われてきたゴールド投資のメリットがなくなったとは全く考えておらず、長期的に一定の役割を持ち続けるとみている。
ただ、近年の変化から「ゴールドは安全」と盲目的に信じるのではなく、今後は過去よりも値動きが激しくなりうることを念頭に置き、自身のポートフォリオの中で、ゴールド投資にどの程度配分し、どこまで価格変動リスクを許容するかを考えておくべきではないか。













