『ライトノベル大全』のこと
時事通信社さんから出た『ライトノベル大全』というブックガイドな本で、久しぶりにライター仕事をしました。

500冊で4000円のブックガイドって、よく企画が通ったな、と思いますが、ライトノベル史的に重要だと思うけど、大枠扱いにはならなかった9冊の書評を書いております。
執筆参加に至る成り行き①
まあ、さすがに500冊もあると、この手のブックガイドにありがちな「あの作品が入ってないぞ!」ということはないのですが、逆に「なんでこんな作品が入っているんだ?」というケースも目立ちます。
ぼくはかなり遅く参加したんですが、その時点で500冊のセレクトは既に決まっておりまして、誰でも知ってるメインどころと「なんでこんな作品が入っているんだ?」なのに執筆者は決まっているマニアックな作品以外の、執筆者が決まっていない有名作品を選ぶことになりました。
ところが、これがまた奇妙な話で、リアルタイムでは相当なヒット作だったはずなのに誰も手を挙げない、というケースが結構ありました。
ぼくが担当した作品では『灼眼のシャナ』『ダブルブリッド』『ストライク・ザ・ブラッド』がそうですね。
現代伝奇異能が流行らなくなったからなのか、角川スニーカー文庫&富士見ファンタジア文庫原理主義の古参兵たちと、なろう系以降のネット小説世代な若者たちに挟まれた結果、ゼロ年代の電撃文庫自体がアンタッチャブルになっていたりするのだろうか……。
あと、リアルタイムでは売れていたんですが、マニア受けの悪い作品も手が挙がっていなかったんですよね。
ぼくが担当した作品だと『狂乱家族日記』がそれで、他社で日日日さんの担当編集者だったぼくが書くのは反則じゃないのか?と思ったんですが、他に誰も書く気配がなかったのでしゃーない。
なので、与太話の前に何を書いたのか、説明いたします。
『リーンの翼』富野由悠季
『聖エルザクルセイダーズ』松枝蔵人
『ダブルブリッド』中村恵里加
《ナイトウォッチ》シリーズ 上遠野浩平
『BLOODLINK』山下卓
『灼眼のシャナ』高橋弥七郎
『狂乱家族日記』日日日
『ある日、爆弾がおちてきて』古橋秀之
『ストライク・ザ・ブラッド』三雲岳斗
ぼくが書いたのはこの9作品で、すべて1ページか半ページです。
書評(作品そのものへの言及)は現物を読んでいただくとして、ライトノベル史的にどういう意図で書いたのかを自己解説いたします。
『リーンの翼』富野由悠季
ぼくは80年代後半の角川スニーカー文庫&富士見ファンタジア文庫創刊が直撃した世代ですが、その前に1986年の角川文庫ファンタジーフェアがあります。
というか、カドカワノベルズ系統のエログロバイオレンスが好きだったんですね。当時小学生でしたけど。
『リーンの翼』『凄ノ王伝説』『魔界水滸伝』とかあのへん。
文庫だと井沢元彦の『ドラゴンバスター』ノベライズとかもありましたね。
スニーカー文庫創刊以降、倫理基準が少年漫画誌っぽくチューニングされてエログロバイオレンスはなくなっていくんですが、そういう忘れられた時代の話を書きました。
『聖エルザクルセイダーズ』松枝蔵人
角川スニーカー文庫の創刊前夜、コンプティークというパソコンゲーム雑誌の読者だったんですが。(おい小学生)
BLACK POINTさんのイラストレーションが衝撃的だったんですよ。
雑誌の大判をフルに使った変則イラストレーションの嵐で。
C-LIVEというアンソロジーの『グッドモーニングアルテア』も読んでいましたけど(おい小学生)、いわゆるマイナー系ロリコン漫画の絵柄で、こんな斬新な表現ができるのか、と……!
ところが、実は文庫化ではその熱気を再現できていないので、そういう話を書きました。
ライトノベルのイラストレーションの最初のターニングポイントとして。
この作品がなかったら、『ちょっとだけすぺくたあ』から『スレイヤーズ』が生まれることもなかったと思うんですよ。(おい小学生)
後年、ぼくはtoi8さんやヨーヨーラランデーズさんと組んで『空想東京百景』という作品を書いていますが、これも最初は雑誌連載でして、単行本も「出版の限界に挑戦する人工奇書」というコンセプトだったので、雑誌版の『聖エルザクルセイダーズ』を思い出しながら作っていました。
『ダブルブリッド』中村恵里加
90年代末、高解像度CGの普及で新しい世代のイラストレーターたちが台頭します。緒方剛志さん、黒星紅白さん、原田たけひとさん……。
『ブギーポップは笑わない』以降、電撃文庫が躍進した理由は、その世代の描き手を積極的に登用したからで、そのへん三木一馬さんの著書であけすけに書かれているんですが、いつの間にか社会人になってマイナーな漫画誌やゲーム誌で編集者をやっていたぼくは、構図的には引き抜かれた側なので、とてもよく分かるのです。
で、引き抜かれた担当作家の一人に藤倉和音というひとがいまして、彼の本職は写真や映像を扱うデザイナーでしたから、装丁も自分でやっていました。(というか、そうでなければ請けなかったんですが)
結局、デザイナーに専念するため、原田たけひとさんに交代した直後、不慮の事故で亡くなってしまったんですが、ライトノベルのイラストレーションの二番目のターニングポイントとして、ブックデザインとイラストレーションが融合した演出技法の開拓という彼の仕事は書き遺す必要があるだろう、と思いまして、半ページだったのを1ページにしてもらって書きました。
学生時代の同人仲間でもあったので、後に某社から「彼の評伝を書いてくれ」と言われたこともあったんですが、そのときは(客観視できないから)断ってしまったんですよね。
なので、その後悔も入っています。
《ナイトウォッチ》シリーズ 上遠野浩平
90年代、青年誌的なエログロバイオレンスが失われ、少年サンデー系の少年漫画っぽく健全化されていくライトノベルに呆れて、ぼくはエロゲー方面へ浮気していました。
前述の「学生時代の同人仲間」云々というのがそれで、『雫』とか、『AmbivalenZ -二律背反-』とか、『雪色のカルテ』とか、倫理的にどうかしているダークなゲームの話ばかりしていたんですね。
まあ、とても健全な『ToHeart』がヒットしてしまうまでの短い夢だったんですが、入れ替わりに古橋秀之さんの『ブラックロッド』と上遠野浩平さんの『ブギーポップは笑わない』に感動してあっさり戻ってきた上に、自分でも小説を書き始めてしまいました。
でも、『ブギーポップは笑わない』はもう大枠で決まっていたので、だったらナイトウォッチを書くよ、と。
ついでに、当時のSF村のライトノベルへの陰湿で差別的な視線も書き遺しておかないとな、ということで書きました。
『BLOODLINK』山下卓
ぼくが読んでいたのはファミ通文庫版ですが、山下さんってこういう小説を書くんだ、という不思議な気持ちになっていました。
直接の面識はないんですが、WIRED日本版や個人で出していた雑誌(いまで言えばZINE)の読者で、それこそ後者は藤倉和音さんがデザイナーだったので。
洒落たセンスの持ち主が、不器用な手つきで泥臭い伝奇青春ものを書く不思議。
漫画で喩えると浅田弘幸さんとかに近いのかな。
『灼眼のシャナ』高橋弥七郎
同じくらいの時期にアニメ化でブレイクした『ゼロの使い魔』が4ページなのに、なんで『灼眼のシャナ』が1ページなのかさっぱり分からないし、誰も手を挙げないので書きました。『とらドラ!』も1ページだったけど。
というか、このライトノベル大全、10年代以降のなろう系の台頭(剣と魔法のファンタジー復活)以降に目配せしている分、ゼロ年代の電撃文庫やファウスト……現代伝奇異能方面が割を食っているんじゃないかな、と思うんですよね。
『ストライク・ザ・ブラッド』の項目でも書きましたが、10年代以降、急激に衰退してしまったからなのかな。
とはいえ、電撃文庫のメディアミックスがはじめて大成功を収めた作品として、長期シリーズとして原作小説と並走するアニメ化にはじめて成功した作品として、当然、ラノベ史に残る傑作だと思います。
『シャナ』以前のラノベ原作アニメって、シリーズ構成がぐっだぐだな作品ばかりだったんですよ。
長期的に展開していくという発想自体がなかったんだろうけど。
『狂乱家族日記』日日日
ずっと新作を書いてないからしょうがないんですが、日日日さんが『狂乱家族日記』半ページだけってどうなってんだ?
しかも、誰も手を挙げないという……マニア界隈から洒落にならないレベルで嫌われているのは、よーく知っているけどさ。
なので、講談社BOX〈日日日×千葉サドル〉シリーズの担当編集者で、電撃文庫『桃瀬さん家の百鬼目録』では共作者でもあったぼくが書くのはかなり反則気味だよな……と思いつつ、1ページで書きました。
これも反則なんですが、『狂乱家族日記』というよりは、コンテスト荒らしの件から彼の仕事をまとめて説明する形になっています。
あと、ライトノベル作家のセカンドキャリアの話も。
本当は本人に説明しておくべきなんだろうけど、かれこれ二年くらい音信不通なので。
『ある日、爆弾がおちてきて』古橋秀之
『ブギーポップは笑わない』はもう大枠で決まっていたので、だったらナイトウォッチを書くよ、と同じパターンで、『ブラックロッド』は決まっていたので、だったら『ある日、爆弾がおちてきて』を書くよ、ということで書きました。
それを差し引いても、ライトノベルでシリーズ化と無関係に独立した短編集って珍しいんですよ。
電撃hpという媒体があったからできたんですが。
ファウストもそうだったんですが、雑誌というものは、編集サイドの思想と矜持の表現でもあって、それを表現する場が失われてなんでもありの投稿サイト頼みになってしまうと、レーベルはつまらなくなっていくんだな……と、ライトノベルから紙の雑誌媒体がなくなった今となっては思います。
なんでもあり、って別に褒め言葉じゃないよ、と。
『ストライク・ザ・ブラッド』三雲岳斗
始まったときは、三雲さんがこんなベタな作品を書くんだ……と思っていたんですが、TYPE-MOONしか現代伝奇異能が残らなかった10年代を見事に完走した凄い作品です。
厳密に言えば、『化物語』や『とある魔術の禁書目録』も続いているんですけど、現代伝奇異能で新規シリーズを立ち上げるのはめちゃめちゃ困難な状況がずっと続いていて、その状況下でどうやって完走したのか、という話をしています。身も蓋もないんですが。
『ライトノベル大全』の感想
いままで、ゆずはらとしゆきの仕事はPixivFANBOXに身辺雑記として載せてきましたが、noteに移して一発目がこの単体記事なのは、いろいろと思うところがあったからです。
なので、此処からは本の感想です。
確かこの本はweb上の企画が発端で、そのときはもっと少なかったような気がするんですが、正直、本の作りとしては300冊程度にして、代わりにライトノベル史関連の経緯や事象に触れたコラムを入れたほうが良かったのではないかな、と思いました。
前に『ライトノベルの新潮流』という本があったけど、あれと半々でセコハンにしたら、ちょうど良いバランスだったような気がします。
あれはあれで肝心なところが抜けていたり、逆にヘンなところまで拾いすぎていたりしたんですが。
というか、『ライトノベル大全』の場合、歴史的経緯や事象はターニングポイントとなった作品に3〜4ページを割り振って、その書評に説明が委ねられている、という困った構造になっています。
書評だけだと冗長、状況論を入れるには字数が足りないというか。
それでも、三村美衣さんは4ページ割り当てられたら、2ページは背景と経緯に触れているのでさすがだと思いますし、森瀬繚さんや朱鷺田祐介さんのようなプロのジャンルライターはその領域の作品を簡潔に説明されているので、全体として致命的に破綻しているわけではないのですが、正直、ライターごとにばらつきがあったと思います。
たとえば、ライトノベルの重要なファクターであるメディアミックスに関しては、アニメ化はだいたいすべて触れているんですが、それ以外の展開への言及が抜けていたりします。
実際はコミカライズ、ゲーム、ドラマCDまで多岐に渡るんですけどね。
というか、ライトノベルというものは、イラストレーションやデザインと複合的に構成されて、はじめて成立するものであって、すべてが作家の手柄ではありませんし、イラストレーターにも絵柄や技法の系譜や文脈があります。
だから、小説の内容だけ説明すれば事足りるというものではないのです。
たぶん、事前にガイドラインを設定していなかったのだと思いますが、ファンアピール的なノリで書かれている文章は、読者的には共感できるから嬉しいのかも知れないけど、その作品の立ち位置を客観視できていないから、ライトノベル史の観点から見るとまるで役に立たないんですよ。
逆に向こうからしてみれば、ぼくの文章は書評にかこつけて何を書いているんだ?でしょうし。
なので、そのへんは明確に切り離して欲しかったな、と思います。
周縁の動きを拾うコラムがもっと多ければ、怪文書みたいな文章を書かなくても済んだんだよ、というか。
執筆参加に至る成り行き②
延々と書いておりますが……というか、此処まで読んでいただいた方は薄々気づいていると思うんですが、ぼくはこの本にかなり怒っておりまして。
というか、進行中の企画内容を伝え聞いて怒ったから、メイン執筆者の細谷正充さんに連絡を取って、無理矢理、執筆陣に加わったのですね。
中津さんとかは執筆陣に加わっていたことを、最後のほうまで知らなかったんじゃないかな。
なんで怒ったのかというと、2004年に『ライトノベル完全読本』というライトノベルのガイドブックが出ているのですが、ぼくはその本にも関わっていたからです。
当時、ファウストでは少し書いておりましたが、前から書いていた官能小説とは折り合いが悪く、ガガガ文庫で一般向けライトノベル作家として再デビューする前でした。
なので、小説家としてはまだ、何者でもなかったんですが、友人たちがライターで参加していたので、そのおまけで企画会議に潜り込んで、部外者なのにかなりキレてしまったのです。
身も蓋もない言い方をすると、出席者の大半が年上……角川スニーカー&富士見ファンタジア原理主義者で、電撃文庫とファウストがスルーされていまして……ていうか、誰も読んでいなかったのですね。
SFの文脈で評価されていた古橋さん、上遠野さん、秋山瑞人さんの名前がギリギリ出ている程度。2004年なのに!
『灼眼のシャナ』のアニメ化が2005年10月なので、ゼロ年代の一時期、電撃文庫にあらずんば人にあらず、くらいの勢いだった最盛期には少し早かったのかも知れませんが。
ぼくは90年代に一度ライトノベルを読むのを止めてエロゲーへ行ったのに、電撃文庫が台頭してまた読み始めて書き始めた珍しい経歴の読者だったんですが、それを差し引いても、いくらなんでも電撃文庫の軽視はまずいだろ、と怒ったのですね。
なんでそんなにキレていたんだよ、と言いますと、イラストレーションとデザインの軽視でもあったからです。
Windows95とMacで、高解像度CGが普及して新しい世代のイラストレーターたちが台頭し、DTPの普及でデザイナーも世代交代していたんですね。
後者は古賀学さんの『ペッパーショップ』とか、現在のZINEの源流みたいな、DTPを駆使したフリーペーパーが90年代中盤、サブカル好きエロ本編集者の界隈で話題になっていたんですが、ライトノベルで真っ先にそのあたりの流れを拾っていたのは電撃文庫とファウストでした。後者は京極夏彦さんの影響ですが。
で、うるさく喚き散らした結果、前者は若手イラストレーターの紹介企画でtoi8さんや、元担当作家の黒星紅白さんを入れたような記憶があります。
後者は鎌部善彦さん(『ブギーポップは笑わない』のクールなデザインを作ったデザイナーさん)のインタビューを入れる、という話になりました。
当時、中津さんと『ECHO』のイラストレーションの件でくっそ仲が悪かった太田さんのファウストで書いていた関係で、こちらはノンクレジットでしたが。
『ECHO』は滝本竜彦さんが連載していた「未完」の小説ですが、そのイラストレーターさんのマネージャーが中津さんだったので。
あと、何故か安彦良和先生インタビューにやっぱりノンクレジットのオブザーバー(当時の小説イラストレーション事情の説明役)で行くことになり、そのときの縁で『空想東京百景』に推薦文を書いていただいたのですが……そんなことはどうでもいいんだ。
困ったことに、今回の『ライトノベル大全』でも「ゼロ年代の電撃文庫」や「デザイン&イラストレーション」は軽視されているんですよね。
500冊もあるから作品自体の抜けはないんですが、イラストレーションやデザイン、メディアミックスの変化といった文脈の説明がなさすぎるので、その作品が当時の読者からどういう受容をされていたのかがさっぱり分からない。
セカイ系みたいな心底どうでもいいことには言及しているくせに!
このあたり、まるで学習していないというか……また同じ失敗を繰り返しているじゃないか!と激怒したのですね。
ぶっちゃけ『ライトノベル完全読本』と同じ企画者で、同じ執筆陣なので。
まあ、ファウスト(講談社BOX)のほうは、今となっては、西尾さんとアニプレックスのメディア戦略をきっちり取り上げておけばいいんじゃないかな、という感じなんですけどね……。
あとは奈須さんと竜騎士さんに言及しておけば、だいたい問題ないというか……。
星海社独立後だと、アニプレックスと入れ替わりにやってきたスターチャイルド&電撃離脱組(GoRA)の『K』もありますけど。
最後に付記
久々のライター仕事なのに、妙にきな臭い経緯というか、
「このときをまっていたっ!くらえ!火炎ビンだァ~~!!」
という『武装ポーカー』の最終ページで火炎瓶を投げるようなムーブでまったく申し訳ないんですが、ちょうどライトノベルレーベルで書く狭義のライトノベル作家を辞めてしまったので。
……というか、講談社も小学館も繋がりがなくなったので、遠慮なく好きに書けるタイミングではあったんですよね。
まあ、ジーオーティーで企画編集している〈官能小説の新しい実験室〉のように、ライトノベルレーベルじゃないところでライトノベルっぽい作品を書く広義のライトノベル作家は続けていますし、たぶんそのまま死んでいくと思うんですが、本格的に周縁の立場になったので、今後はそういう立場を活かした仕事を重点的にやっていきたいな、と思っております。
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小説も次の新作の惹句はこんな調子ですので、いよいよボケて忘れてしまう前に、平成のポップカルチャーの記憶を書き遺しておきたいな、と思っておりまして。
小説はフィクションですけど、ライター原稿はオーラル・ヒストリーですから。
というか、ライトノベルのデザインとイラストレーションの話は何かの本でまとめて書いたほうがいいのかな。
